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1287海住山寺五重塔(国宝) [和塔]

京都府木津川市加茂町にある海住山寺を訪ねた。

海住山寺のことは、前日の記事にも書いた。
http://mikawanokami.blog.so-net.ne.jp/2017-10-18

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日本の国宝五重塔は9基しかない。そのうちのひとつ。是非、訪れたいと思っていた。

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五重塔は本堂の左手にある。

鎌倉時代(1214年)に建てられたという五重塔は、小振り(高さ17.7m、室生寺五重塔に次いで小さい)ながらも、質実剛健、それでいて瀟洒な感じさえする。

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均整に整っている。屋根にそりがあるのがわかる。

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一番下には、裳階(もこし)と呼ぶ庇がついている。法隆寺五重塔とここ海住山寺五重塔くらいという珍しいものだ。

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アップしてみると、意外と朱塗りが目立つ。

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軒下の組み物が、二手先になっている。これも珍しい。

三手先に比べて軽快な感じを醸し出している。それが、小振りな全体と合うのだろう。

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紅葉にはまだ早かった。しかし、静かな山の中での五重塔と対峙できたのは、素晴らしいひと時であった。

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1268法観寺八坂五重塔(重文) [和塔]

京都東山の八坂の塔を訪れた。

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鴨川を渡り、いよいよ坂を登り始めるなあと思う頃に見えてくる。よく見るような風景でいて、でも五重塔にこだわりをもって訪れたのは初めてだろう。

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この狭い道に車が入り込んでいる。その向こうには人力車。行き交う観光客。

こんな風景が京都なのだろう。

いよいよ八坂の塔が眼前に迫ってきた。

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瓦葺の古めかしい建物だ。室町時代1440年に再建された。

足元では、「聖徳太子御建立」「日本最初之宝塔」の案内が見える。

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入口は右に回り込んだあたりで、拝観料は400円。午前10時-午後3時。中学生未満のお子様の拝観はご遠慮下さい、とある。

入口に説明板があった。

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 法観寺・八坂の塔(ほうかんじ・やさかのとう)

 霊応山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。
 寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立し、往時は延喜式七ヶ寺の一つに数えられ隆盛を極めたが、現在は八坂の塔(五重塔)と太子堂、薬師堂の二宇を残すのみである。
 八坂の塔は本瓦葺き五層、方六メートル、高さ四十六メートルの純然たる和様建築で、白鳳時代の建築様式を今に伝えるものである。創建以来、度々災火により焼失したが、その都度再建され、現在の塔は永享十二年(1440)に足利義教によって再興されたものです。塔内には本尊五智如来像五体(大日、釈迦、阿しゅく、宝生、弥陀)を安置し、須弥壇の下には古い松香石製の大きい中心礎石があり、中央には舎利器を納めた三重の凹孔が残っている。寺宝として、塔を中心に当時の社寺を描いた紙本著色八坂塔絵図のほか、足利義教画像、法観雑記など貴重な文化財を蔵している。

                           京都市

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初層を西の正面から眺める。

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反対側へ回る。見上げる。

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東側には入口が開かれていた。

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内部に入れることまでチェックしてなくて、サプライズの見学になった。

古めかしい木造建築の中に安置された仏像。これがなかなかいい。

まず入った正面、東を向いているのが、阿しゅく如来。

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北を向いている釈迦如来。黒くて、ひとまわり大きい。

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南を向いている宝生如来。

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そして西の正面には弥陀如来。

その上には、雲に乗った大日如来がいる。

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これらの五智如来像に圧倒された。像の大きさがそれぞれで、その重なり合う様子が面白い。

内部はこの1階部分と2階までが、参観できる。城郭で慣れているとはいえ、階段は急で、はしごのようだ。

2階から下を眺めたところ。

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2階は狭く、木がきしむ。まさか崩れることはあるまいが、いつ崩れてもおかしくないくらいに感じた。そんな国の重要文化財に入っていいのかと思ったりして心配もするが、観光客の多い界隈なのに、ここまであがってくる人はほとんどおらず、贅沢なひと時を過ごした。

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いつもは外から眺めて感心している木組みを内側から見る。よくわからないが、これも面白い。

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2階の西方の窓から眺めた京都の街。

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1階2階と行き来する途中で心柱も見える。手を伸ばして撮ってみた。

どうも上手く撮れたとは言い難いが、それにしてもこんなふうに心柱を見るのは初めてだ。五重塔の心柱、ワクワクしてしまった。

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その心柱の礎石。「中心礎石/飛鳥時代」と説明があった。

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和塔としての姿のいい五重塔を画像に収めることは出来なかったが、いいものを鑑賞できたと思う。それにしても、拝観者は少なかった。せっかく内部も見学できるというのに、もったいない限り。少し残念に思う。

東山の坂を登る。

確かに和塔の全身の姿を撮れなかったが、こうした風景の中の五重塔も、また素敵なものに違いない。

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1263清水寺子安三重塔(重文) [和塔]

清水寺にはもうひとつ三重塔がある。子安塔だ。

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仁王門からは一番奥の南のはずれにぽつんと建っている。

清水寺三重塔は記憶にあるが、こちらは全く記憶がない。重文の三重塔リストを見ながら、何だっけと気になって仕方ない。

清水の舞台からのこの景色は、それこそ小学生の修学旅行でも見たはずだ。

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でも、特別な関心がない、とはそういうことか。

奥の院から南下して、はずれにある高台を登ると、そこに三重塔はあった。

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創建年については詳しくわからないようだが聖武天皇、光明皇后の祈願所だったというから奈良時代にはあったのだろう。堂内に子安観音が納められていて、もとは仁王門の左手前付近にあった。

今の塔は明応9年(1500)の再建で、明治44年(1911)に現在地に移されたそうだ。

高さ約15mと小振りな塔で、清水寺三重塔の半分ほどの大きさになる。

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小さいながらにもきれいに朱塗りされ均整な姿を見せる。

扁額には「観世音菩薩」とあり右上に小さく「洛陽」左上に「子安」とある。

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ちょっと斜めの構図もいい。

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そしてアップ。

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清水寺は人気スポットで人が多い。しかし、ここ子安塔まで足をのばす人は少ない。また近くに建物がない。心ゆくまで、三重塔を味わった。

ここから清水の舞台や三重塔など見える。こうして清水寺を俯瞰するのも悪くはない。せっかく清水寺に詣でたなら、ここまで来てほしいものだ。

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1262清水寺三重塔(重文) [和塔]

京都東山の清水寺を訪れた。今回は小学校以来の再訪となったが、その最大の目的はこれ、国の重要文化財に指定されている三重塔。

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 重要文化財 三重塔

 この塔は、当山ご本尊観世音菩薩の御霊験によって嵯峨天皇の皇子ご誕生あり、承和14年(847)葛井親王が勅命を奉じて創建されたと伝える。
 現在の塔は寛永9年(1632)の再建で、日本最大級の規模をもち、三間四方、高さ29.7mに達す。昭和62年(1987)文化庁の助成をえ、京都府教育委員会に委託して、解体修理、彩色復元の落慶をみた。
 一重内陣の中央に大日如来坐像を安置し、四面の壁に真言八祖像、四天丸柱に密教的な仏画を描き、柱は雲天竜、天井その他は飛天、華型、幾何文様が極彩色で全面荘厳されている。
 なお今回の修理で全重を総丹塗りに戻し、他塔にその類例を見ない、各重の丸桁・台輪・長押などの各種極彩色文様をすべて寛永の昔に復元した。

 一重で見ると、軒下の丸桁の両端は「摩竭魚」中央は「金剛盤に宝珠」中段の大輪の両端は「出八双卍崩円竜」中帯は「向い蝶」下方の長押の両端は「入八双若芽唐草」中帯は「四弁花羯磨繋」の文様になっている。

                      北法相宗 清水寺

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一重の文様が解説されているが、実に艶やか。

ちょうどの陽の加減がよく、明るく差し込むと、極彩色が映える。

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日本最大級の規模というが、その大きさと朱塗りの強烈さに圧倒された。

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和塔の木組みの美しさ、均整さ、に惹かれて和塔めぐりに熱を入れている。そんな中での、清水寺三重塔の再訪だ。

何となく三重塔のある景色は記憶にある。和塔のことばかり気にしていたので、本堂の修理のことはすっかり忘れていた。まあ長い歴史の中で、こんな風景もまれなことかもしれない、と気を取りなおす。そして、ああ、やっぱりこの景色だと思って撮ってきた。

ああ、京都だなあという景色のひとつだ。

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1028大石寺五重塔(重文) [和塔]

静岡県富士宮市の大石寺を訪れた。日蓮正宗の総本山だそうだ。

五重塔があるのは、このあたり。



調べてみたけれど勝手がよくわからない。

境内は広い。五重塔近くの駐車場に停め、見学させていただいた。

著名な歴史スポットでもあると思ってたが賑わいはない。信仰の場らしく、お堂に向かって手をあわせている人がいたが、境内はほとんど人がいなかった。すれ違う人にあいさつを交わしたが、悪い反応はないものの、少し不気味な感じすらした。

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しかし、これほど立派な五重塔を独り占めして見学できるのは、素晴らしい。

ちょうど修繕を終えたところなのだろうか。新しい五重塔に見えた。

五重塔は江戸時代のもので、寛延2年(1749年)建立。高さは33.4mにもなる。

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初層などを見ると、よく塗られているが、割と装飾は簡素だ。だけど、木組みなどは凝っていて、三手先組物など最高に発達した、完成された美しさがあった。

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尾垂木に邪鬼がいる。面白い。

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屋根は銅板葺だそうだが、それとなくしかわからない。

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足元もよく塗られていて新しさを強調するが、内の柱など武骨さがあって本来の時の経過を感じたりもする。

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しかし、朝日を浴びて輝く朱塗りは美しい。金色のアクセントにしびれる。

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誰もいない。誰も来ない。案内板も何もない。

ゆっくり流れる時間だけがあった。

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1010明王院五重塔(国宝) [和塔]

福山市にある明王院を訪れた。ここには国宝に指定された五重塔がある。

場所はこちら。2号線を折れ芦田川沿いに南下した近く。中心部からもさほど遠くはないところだ。



山のふもとという位置で、石段を登った先に本堂と横並びであった。

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案内板から五重塔に関する部部を抜書きする。

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国宝 明王院五重塔

国宝指定 昭和28年3月31日
創  建 南北朝時代の貞和4年(1348年)
     相輪伏鉢の陰刻銘に「貞和4年戌子十二月十八日」に「沙門頼秀」が
     「一文勧進の小資を積」んで建立したとある。
様  式 和様の形態をよく残した、南北朝時代を代表する建物。
外部構造 東面にして建つ桁行3間、梁間3間、本瓦葺、総円柱の五重の塔婆。
     総高29.14m。各種とも、四面中央に両開き板扉、その両脇に連子窓を
     もうけ、擬宝珠高欄付きの四方縁が巡る。隅木下端には風鐸が付く。
     相輪はすべて青銅製で、九輪と水煙の四方に風鐸が懸かる。
内部形式 心柱は八角作り三本継で、初重天井の大梁上から延びる。各種とも組入
     天井に拭板敷の床で、初重内部は極彩色壁画と装飾模様で彩られる。
     来迎柱間に廻縁付き来迎板壁を設け、その前に和様の漆塗り仏壇を設置
     する。
本  尊 木造弥勒菩薩坐像で南北朝時代の作。室町時代末期作の木造不動明王坐
     像・木造愛染明王坐像の両脇侍とともに、平成5年12月24日、福山市重
     要文化財指定。
解体修理 本堂に先立ち、昭和34年から37年までの3年間をかけて行われた。建て
     替えの痕跡はなく、創建時の形態に復元されている。

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国内に9つある国宝五重塔のひとつである。

解体修理されているせいか新しくみえる。南北朝時代の建物には思われない。

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どういう具合に収めたら、一番きれいに見えるのか。答えが見つからない。

朱の絢爛さが心に残った。これだけで、備の國の豊かさを感じた。

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0946西明寺三重塔(重文) [和塔]

栃木県芳賀郡益子町にある西明寺を訪ねた。ここには、室町時代の和塔がある。

山道を行くが、駐車場もしっかりあるので心配はない。



お寺へは石段を登る。

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石段を登り切った左手に三重塔はある。

斜面は石垣が組まれ、段曲輪のようになっていた。その一番上だ。

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楼門の左手前になる。

ちなみに三重塔も国の重要文化財だが、この楼門も明応元年(1492年)建立の国の重要文化財になる。

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軒先をかすめて見る三重塔は美しい。屋根が大きく、初層などはかなり反っている。屋根は銅板葺だ。三層は三段、一二層は二段になっている。これは珍しい。

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案内板が「環境省・栃木県」になっていた。このパターンも珍しいね。

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西明寺三重塔

天文7年(1538年)に西明寺城主益子家宗が建立したものと伝えられています。和様、折衷、唐様の三様式の、三間三層造りです。頂部の水煙は独特の形をしており、関東甲信越四大古塔のひとつとして有名です。

環境省・栃木県

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この説明にある「関東甲信越四大古塔」が気になって調べてみたが、わからなかった。

相輪の水煙が独特の形をしているというので、カメラに収めてみた。私の肉眼ではきっちり確認できなかったが、なるほど、こうしてみると美しいものだ。

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これは真裏からの初層の部分。

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斜めから見るのも絵になる。

丸木の柱に長押が横から入る。三手先組物の精巧さから垂木が迫ってくる。

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二層目といい、三層目といい、美しい。

あれれ、三層目の中央に見えるのはスズメバチの巣だろうか。

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軒下の木組もよければ、屋根の重なりも美しい。

西明寺は天平9年(737)行基の草創と伝わる由緒ある古刹であるが、私としてはこの三重塔で充分満足させていただいた。

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0945小山寺三重塔(重文) [和塔]

茨城県桜川市富谷にある小山寺を訪ねた。ここには、室町時代の和塔がある。

駐車場から歩いていくと、門前には案内板がある。

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 小山寺(富谷観音) おやまじ(とみやかんのん)

   宗派 天台宗
   国指定重要文化財 三重塔
   県指定文化財 十一面観音菩薩座像、多聞天、本堂、楼門、鐘楼

 天平7年(735年)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山したと伝えられ、古くから開運、安産、子育ての祈願所として知られている。本尊の十一面観音菩薩は行基の作、脇士不動尊は慈覚大師の作、多聞天は運慶の作と伝えられている。本堂は四柱作りで江戸時代に再建された。三重塔は寛正6年(1465年)、多賀谷朝経が旦那となり大工宗阿弥家吉とその息子によって再建された。関東以北ではまれにみる室町時代の塔で、細部の装飾にすぐれ、屋根はこけら葺で、頂上には鉄及び銅製の相輪がある。

 岩瀬町観光協会

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この瞬間がワクワクする。どんな三重塔なのだろうか。

まずは仁王門。この門もなかなか立派。

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石段を登った脇にご神木がそびえる。

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そして四本柱作りという本堂。これも立派なものだ。

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そして、その本堂の左奥にはお目当ての三重塔があった。

安定感のある三重塔だ。

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そして何度も書いてしまうが、木組みの具合にほれぼれしてしまう。

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そして写真の腕が悪くて申し訳ないなぁと反省してしまう。和塔も被写体としては難しい。私は4:3の横画像にこだわっているのだが(その後の整理も含めて)、それってどうなのかと心が揺らいでしまう。

境内はシンプルで静かだった。

近くに行ったり、離れてみたりと、そうやって和塔と対峙している時が楽しい。

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0919不退寺多宝塔下重(重文) [和塔]

同じ日、不退寺にも寄った。ここには多宝塔下重がある。

ここは門限がある。拝観時間は9時~17時、料金は400円。うかつにも、そのことは全く頭になかった。運よくギリギリのところで、中に入ることができた。制限の多い見学は大変だ。

パンフレットをくれ、案内していただける。

15分程度しか時間がないので、多宝塔下重を見るだけでいいやと思ったが、本堂や仏像を説明いただいた。ありがたいやら、時間がないやら、撮影禁止やら、どうも思いとはちぐはぐな案内で焦った。(しかしこれらも重文なのだが。)

説明が終わったわずかな時間で多宝塔下重を見た。(多宝塔下重については言久されなかった。)

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多宝塔(重要文化財)

柱は方柱人面取、方三間で中央の間に板扉を開き、左右には青鎖窓をはめている。斗拱は三斗出組とし、斗拱間には鎌倉時代特有の美しい蟇股を配し、柱頭部には頭貫を通じ、貫端に天竺様の木鼻を附けている。内部は二重折上げの小組格天井をはめ、彩絵を以て装飾している。その一部は修理に際し復原されたものである。この塔には最初上層があって檜皮葺きであったことが寛政年間刊行の大和名所図会によって明らかで、高さは十三メートル六〇、明治以降下軸部のみとなったとはいえ、鎌倉中期の特徴を具え当時の多宝塔としては出色のもので、池を隔てゝ見る姿はまことに優美である。(パンフレットより)

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宝形造単層の仏堂。緑に埋もれるように在り、高さがなく小さいので、ひどく地味な建造物に感じた。わざわざ、こんなものを見に来たのと言われそうな気がした。

けど、鎌倉時代のもので重文なのだ、と自分にいいきかせる。

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間近でみると、やっぱりいい。上層が檜皮葺きというから、屋根瓦などは修復の結果だろうか。下だけを見ていると、多宝塔であっても、三重塔であっても構わない気がした。下重だけでも、充分価値があるものだと感じた。

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三手先の組物になるのだろうか。素朴でありながら、意匠が凝っている。

蟇股の線は力強く、地垂木のリズムがいい。

長押が地覆長押・腰長押・内法長押と入る。連子窓、板塀。

回廊は広い。

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凝縮した時間だった。追い出されるように外に出たが、満足できた瞬間だった。

おまけに。

(重文の本堂)

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(重文の南門。鎌倉時代末期の建立。)

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0918元興寺東塔跡 [和塔]

お城めぐりでは建物のないところにも行く。というか建物が残ってない方がメインになっているが、和塔めぐりもついにそうなってしまったのか、と思ったら笑えてしまった。

隣の区画に塔跡がある。元興寺五重小塔を訪ねた後、それが気になって足をのばしてみた。

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もとは一帯が全て元興寺だった。今はこうした部分部分が残っているのだろう。

回り込むようにして、南向きの入口から進む。門をくぐった先には、土壇と石碑が残っていた。

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元興寺塔跡 史跡
   昭和7年4月25日指定
元興寺塔址土壇出土品 玉類銅銭其他一切 重要文化財 奈良時代
   昭和8年1月23日指定

 奈良時代(八世紀)の元興寺の東塔跡です。高さ推定約50m(古記では24丈)の五重塔でしたが、1859(安政6)年に焼失しました。
 1927(昭和2)年の発掘調査で、金延板・金塊・勾玉・瑠璃玉・捻玉・水晶玉・和同開珎・万年通宝・神功開宝などが出土しており、建立時に納められた鎮壇具と考えられています。

   奈良市教育委員会

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興福寺五重塔と同じくらいの和塔が建っていた場所にしては狭いような気がした。これだけで50mの和塔を妄想するのは苦しそうだ。けど、江戸末期まであった歴史が判っている訳で、とにもかくにも、在ったことには違いない。

縄張りを解くような面白さがないから、和塔は建造物がなくては楽しめない。

そう言いながらも、元興寺の伽藍配置など想像したりするのだった。

碑があった。こういうものだけでも、実はけっこう楽しい。

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