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1028大石寺五重塔(重文) [和塔]

静岡県富士宮市の大石寺を訪れた。日蓮正宗の総本山だそうだ。

五重塔があるのは、このあたり。



調べてみたけれど勝手がよくわからない。

境内は広い。五重塔近くの駐車場に停め、見学させていただいた。

著名な歴史スポットでもあると思ってたが賑わいはない。信仰の場らしく、お堂に向かって手をあわせている人がいたが、境内はほとんど人がいなかった。すれ違う人にあいさつを交わしたが、悪い反応はないものの、少し不気味な感じすらした。

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しかし、これほど立派な五重塔を独り占めして見学できるのは、素晴らしい。

ちょうど修繕を終えたところなのだろうか。新しい五重塔に見えた。

五重塔は江戸時代のもので、寛延2年(1749年)建立。高さは33.4mにもなる。

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初層などを見ると、よく塗られているが、割と装飾は簡素だ。だけど、木組みなどは凝っていて、三手先組物など最高に発達した、完成された美しさがあった。

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尾垂木に邪鬼がいる。面白い。

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屋根は銅板葺だそうだが、それとなくしかわからない。

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足元もよく塗られていて新しさを強調するが、内の柱など武骨さがあって本来の時の経過を感じたりもする。

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しかし、朝日を浴びて輝く朱塗りは美しい。金色のアクセントにしびれる。

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誰もいない。誰も来ない。案内板も何もない。

ゆっくり流れる時間だけがあった。

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1010明王院五重塔(国宝) [和塔]

福山市にある明王院を訪れた。ここには国宝に指定された五重塔がある。

場所はこちら。2号線を折れ芦田川沿いに南下した近く。中心部からもさほど遠くはないところだ。



山のふもとという位置で、石段を登った先に本堂と横並びであった。

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案内板から五重塔に関する部部を抜書きする。

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国宝 明王院五重塔

国宝指定 昭和28年3月31日
創  建 南北朝時代の貞和4年(1348年)
     相輪伏鉢の陰刻銘に「貞和4年戌子十二月十八日」に「沙門頼秀」が
     「一文勧進の小資を積」んで建立したとある。
様  式 和様の形態をよく残した、南北朝時代を代表する建物。
外部構造 東面にして建つ桁行3間、梁間3間、本瓦葺、総円柱の五重の塔婆。
     総高29.14m。各種とも、四面中央に両開き板扉、その両脇に連子窓を
     もうけ、擬宝珠高欄付きの四方縁が巡る。隅木下端には風鐸が付く。
     相輪はすべて青銅製で、九輪と水煙の四方に風鐸が懸かる。
内部形式 心柱は八角作り三本継で、初重天井の大梁上から延びる。各種とも組入
     天井に拭板敷の床で、初重内部は極彩色壁画と装飾模様で彩られる。
     来迎柱間に廻縁付き来迎板壁を設け、その前に和様の漆塗り仏壇を設置
     する。
本  尊 木造弥勒菩薩坐像で南北朝時代の作。室町時代末期作の木造不動明王坐
     像・木造愛染明王坐像の両脇侍とともに、平成5年12月24日、福山市重
     要文化財指定。
解体修理 本堂に先立ち、昭和34年から37年までの3年間をかけて行われた。建て
     替えの痕跡はなく、創建時の形態に復元されている。

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国内に9つある国宝五重塔のひとつである。

解体修理されているせいか新しくみえる。南北朝時代の建物には思われない。

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どういう具合に収めたら、一番きれいに見えるのか。答えが見つからない。

朱の絢爛さが心に残った。これだけで、備の國の豊かさを感じた。

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0946西明寺三重塔(重文) [和塔]

栃木県芳賀郡益子町にある西明寺を訪ねた。ここには、室町時代の和塔がある。

山道を行くが、駐車場もしっかりあるので心配はない。



お寺へは石段を登る。

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石段を登り切った左手に三重塔はある。

斜面は石垣が組まれ、段曲輪のようになっていた。その一番上だ。

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楼門の左手前になる。

ちなみに三重塔も国の重要文化財だが、この楼門も明応元年(1492年)建立の国の重要文化財になる。

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軒先をかすめて見る三重塔は美しい。屋根が大きく、初層などはかなり反っている。屋根は銅板葺だ。三層は三段、一二層は二段になっている。これは珍しい。

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案内板が「環境省・栃木県」になっていた。このパターンも珍しいね。

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西明寺三重塔

天文7年(1538年)に西明寺城主益子家宗が建立したものと伝えられています。和様、折衷、唐様の三様式の、三間三層造りです。頂部の水煙は独特の形をしており、関東甲信越四大古塔のひとつとして有名です。

環境省・栃木県

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この説明にある「関東甲信越四大古塔」が気になって調べてみたが、わからなかった。

相輪の水煙が独特の形をしているというので、カメラに収めてみた。私の肉眼ではきっちり確認できなかったが、なるほど、こうしてみると美しいものだ。

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これは真裏からの初層の部分。

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斜めから見るのも絵になる。

丸木の柱に長押が横から入る。三手先組物の精巧さから垂木が迫ってくる。

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二層目といい、三層目といい、美しい。

あれれ、三層目の中央に見えるのはスズメバチの巣だろうか。

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軒下の木組もよければ、屋根の重なりも美しい。

西明寺は天平9年(737)行基の草創と伝わる由緒ある古刹であるが、私としてはこの三重塔で充分満足させていただいた。

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0945小山寺三重塔(重文) [和塔]

茨城県桜川市富谷にある小山寺を訪ねた。ここには、室町時代の和塔がある。

駐車場から歩いていくと、門前には案内板がある。

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 小山寺(富谷観音) おやまじ(とみやかんのん)

   宗派 天台宗
   国指定重要文化財 三重
   県指定文化財 十一面観音菩薩座像、多聞天、本堂、楼門、鐘楼

 天平7年(735年)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山したと伝えられ、古くから開運、安産、子育ての祈願所として知られている。本尊の十一面観音菩薩は行基の作、脇士不動尊は慈覚大師の作、多聞天は運慶の作と伝えられている。本堂は四柱作りで江戸時代に再建された。三重塔は寛正6年(1465年)、多賀谷朝経が旦那となり大工宗阿弥家吉とその息子によって再建された。関東以北ではまれにみる室町時代の塔で、細部の装飾にすぐれ、屋根はこけら葺で、頂上には鉄及び銅製の相輪がある。

 岩瀬町観光協会

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この瞬間がワクワクする。どんな三重塔なのだろうか。

まずは仁王門。この門もなかなか立派。

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石段を登った脇にご神木がそびえる。

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そして四本柱作りという本堂。これも立派なものだ。

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そして、その本堂の左奥にはお目当ての三重塔があった。

安定感のある三重塔だ。

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そして何度も書いてしまうが、木組みの具合にほれぼれしてしまう。

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そして写真の腕が悪くて申し訳ないなぁと反省してしまう。和塔も被写体としては難しい。私は4:3の横画像にこだわっているのだが(その後の整理も含めて)、それってどうなのかと心が揺らいでしまう。

境内はシンプルで静かだった。

近くに行ったり、離れてみたりと、そうやって和塔と対峙している時が楽しい。

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0919不退寺多宝塔下重(重文) [和塔]

同じ日、不退寺にも寄った。ここには多宝塔下重がある。

ここは門限がある。拝観時間は9時~17時、料金は400円。うかつにも、そのことは全く頭になかった。運よくギリギリのところで、中に入ることができた。制限の多い見学は大変だ。

パンフレットをくれ、案内していただける。

15分程度しか時間がないので、多宝塔下重を見るだけでいいやと思ったが、本堂や仏像を説明いただいた。ありがたいやら、時間がないやら、撮影禁止やら、どうも思いとはちぐはぐな案内で焦った。(しかしこれらも重文なのだが。)

説明が終わったわずかな時間で多宝塔下重を見た。(多宝塔下重については言久されなかった。)

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多宝塔(重要文化財)

柱は方柱人面取、方三間で中央の間に板扉を開き、左右には青鎖窓をはめている。斗拱は三斗出組とし、斗拱間には鎌倉時代特有の美しい蟇股を配し、柱頭部には頭貫を通じ、貫端に天竺様の木鼻を附けている。内部は二重折上げの小組格天井をはめ、彩絵を以て装飾している。その一部は修理に際し復原されたものである。この塔には最初上層があって檜皮葺きであったことが寛政年間刊行の大和名所図会によって明らかで、高さは十三メートル六〇、明治以降下軸部のみとなったとはいえ、鎌倉中期の特徴を具え当時の多宝塔としては出色のもので、池を隔てゝ見る姿はまことに優美である。(パンフレットより)

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宝形造単層の仏堂。緑に埋もれるように在り、高さがなく小さいので、ひどく地味な建造物に感じた。わざわざ、こんなものを見に来たのと言われそうな気がした。

けど、鎌倉時代のもので重文なのだ、と自分にいいきかせる。

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間近でみると、やっぱりいい。上層が檜皮葺きというから、屋根瓦などは修復の結果だろうか。下だけを見ていると、多宝塔であっても、三重塔であっても構わない気がした。下重だけでも、充分価値があるものだと感じた。

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三手先の組物になるのだろうか。素朴でありながら、意匠が凝っている。

蟇股の線は力強く、地垂木のリズムがいい。

長押が地覆長押・腰長押・内法長押と入る。連子窓、板塀。

回廊は広い。

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凝縮した時間だった。追い出されるように外に出たが、満足できた瞬間だった。

おまけに。

(重文の本堂)

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(重文の南門。鎌倉時代末期の建立。)

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0918元興寺東塔跡 [和塔]

お城めぐりでは建物のないところにも行く。というか建物が残ってない方がメインになっているが、和塔めぐりもついにそうなってしまったのか、と思ったら笑えてしまった。

隣の区画に塔跡がある。元興寺五重小塔を訪ねた後、それが気になって足をのばしてみた。

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もとは一帯が全て元興寺だった。今はこうした部分部分が残っているのだろう。

回り込むようにして、南向きの入口から進む。門をくぐった先には、土壇と石碑が残っていた。

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元興寺塔跡 史跡
   昭和7年4月25日指定
元興寺塔址土壇出土品 玉類銅銭其他一切 重要文化財 奈良時代
   昭和8年1月23日指定

 奈良時代(八世紀)の元興寺の東塔跡です。高さ推定約50m(古記では24丈)の五重塔でしたが、1859(安政6)年に焼失しました。
 1927(昭和2)年の発掘調査で、金延板・金塊・勾玉・瑠璃玉・捻玉・水晶玉・和同開珎・万年通宝・神功開宝などが出土しており、建立時に納められた鎮壇具と考えられています。

   奈良市教育委員会

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興福寺五重塔と同じくらいの和塔が建っていた場所にしては狭いような気がした。これだけで50mの和塔を妄想するのは苦しそうだ。けど、江戸末期まであった歴史が判っている訳で、とにもかくにも、在ったことには違いない。

縄張りを解くような面白さがないから、和塔は建造物がなくては楽しめない。

そう言いながらも、元興寺の伽藍配置など想像したりするのだった。

碑があった。こういうものだけでも、実はけっこう楽しい。

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0917元興寺五重小塔(国宝) [和塔]

五重小塔なるものをはじめて知った。小さな五重塔というよりもっと小さく、五重塔の模型というにはかなり大きいものだ。

元興寺五重小塔は大塔の10分の1の模型とも言われ、高さは5.5mある。

なんとも中途半端な気がして、実物を見るまではピンとこなかった。

その五重小塔は元興寺法輪館の内にある。

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この内も撮影禁止だった。

5.5mの五重塔と対面した時、なるほどと思った。仏像の大きさが大仏様から等身大のもの、もっと小さなものまで様々な大きさがあるように、仏塔もそれぞれの大きさがあるのだ。もともと、高層建築として暮らしの中で役立てるものではなく、仏塔として、仏舎利を治め信仰の対象としての飾りなのだから、これもありかと実物を見て納得した。

模型ともいわれるが、模型ではなくてこれ自体に意味があるという方が理解しやすいように感じられる。

その五重小塔が、小塔院に安置され守られてきた。

これは見応えあった。工芸品といっていい完成度であり、そのまま利用できそうな建造物でもあった。奈良時代に作られたもので、国宝、途中で修理が入っているものの、驚くほどきれいに残されていた。

中2階のような上からも眺められ、この大きさならではの観賞も楽しめた。

画像を載せれないのが残念だ。


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0916興福寺三重塔(国宝) [和塔]

次に三重塔の拝観にうかがいます。位置はこちらになります。

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よく三重塔は見落とした、知らなかったという話を聞きますが、東大寺奈良公園方面から来る人にとっては端になるからなのでしょう。奈良駅猿沢の池からだと、まず最初に目にします。

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三重塔(国宝) 高さ19m

崇徳天皇の中宮皇嘉門院聖子が発願し、1143年に創建されましたが、1180年に焼失しました。その後、鎌倉時代に再建され現在に至っています。興福寺伽藍の中では、北円堂と並んで最も古い建物です。

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五重塔を見たあとだからでしょうか、規模以上に小さく見えました。

また最も古いと言いますが、柱や飾りが繊細な感じがして、比較するとこちらの方が新しい時代の再建なのでは、と思ったりしました。

こちらも三手先組物です。見上げた姿に圧倒されます。

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内部はやはりこちらも撮影禁止です。外に案内の写真が出ていました。替りにこちらを掲載します。

弁才天坐像と十五童子像が印象的です。板に書かれた仏画は、クリアにはわからないので、何だかすごいんだけど、もう忘れかけています。

それにしても、天井の格子が建物の格調高さを物語るようでした。

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初層内部

初層内部の四天柱をX状に結ぶ板の東方に薬師如来、南方に釈迦如来、西方に阿弥陀如来、北方に弥勒如来を各千躰描き、柱や天井には極彩色の文様が描かれています。

弁才天坐像 座高38.5cm 檜材/寄木造/江戸時代初期

興福寺の弁才天は、弘法大師が天川から興福寺に勧請したといわれています。現在の弁才天は旧世尊院伝来で、頭上には鳥居、白蛇の宇賀神をのせます。なお眷属に十五童子を従えています。

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今回は内部特別公開ということで行きましたが、建物をじっくり見たい向きには普通の状態の方がよかったのかな、とも思いました。仕方ないことですが、手前のテントが邪魔です。

また機会を見つけて訪れたいですね。

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0915興福寺五重塔(国宝) [和塔]

奈良興福寺に行ってきました。こちらを是非と思ったためです。

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小学校の修学旅行以来、何度目かになるのですが、和塔に関心を持ち始めて初めてになります。もちろん内部公開も初めて。楽しみでした。

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国宝 興福寺五重塔

室町時代 高さ50.1m

天平2年(730)に光明皇后が創建。現在の塔は応仁33年(1426)に再建。
初層の須弥壇に
薬師三尊像(東)
釈迦三尊像(南)
阿弥陀三尊像(西)
弥勒三尊像(北)
を安置(いずれも室町時代作)。

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改めて見る、間近で見る五重塔は大きく感じました。日本では東寺五重塔に次ぎ2番目に高いものになります。

拝観券を購入して列につきます。私は平日に訪れたので、さほど混んではいませんでした。

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拝観料を払って、特別公開で中に入るのだから、しっかり写真撮るぞと意気込んでいましたけど、残念ながら中は撮影禁止でした。言われてみれば当然のことかもしれませんが、がっかりです。

たまたま報道関係の方がおられ、取材で写真を撮られていました。腕章を付けられていましたが、けっこう普通な感じです。それを見られて勘違いしたのか、その隣で写真を撮っている年配の方もおられました。

撮りたい、けどそれは規則違反だろ、しかし、なぜ撮ってはいけないのだろ、あの記者と自分はどれだけ違うというのか、そんな不合理を感じて、気分が悪かったです。

雰囲気を撮りたいのか、仏像を撮りたいのか。仏像ならば、皆の拝観前に済ませて欲しいと思います。

まあ、気にしても仕方ありません。気を取り直して、じっくり4面それぞれの仏像を見てきました。その価値までは正直言って余りよくわかりませんが、味わいのある優しいお顔だなと思いました。いい観賞ができたと思ってます。

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初層です。

柱は丸木なんですね。その円柱を挟むように横材が入っています。長押というのだそうです。

連子窓も味があります。

私がこの頃はまっているのは、軒下のこの部分です。

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尾垂木が大きく外に出て、木鼻が太く反っています。

柱の上にあるのは大斗で、その上の横木は肘木といいます。このセットが手先で、二段三段を二手先三手先と称し、格調の高さを表しています。さすが興福寺五重塔で三手先組物となっています。

塔の高さ大きさも、こんなところから始まるのかもしれません。

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端正な佇まいがいいですね。去り難く、再び戻ってきたら青空で、いい感じでした。

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またこの後、奈良町への散策へと出たのですが、街から見える五重塔は古都奈良らしくで、いい雰囲気に思えました。

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0888大樹寺多宝塔(重文) [和塔]

愛知県岡崎市にも重文の仏塔はある。こちら、大樹寺の多宝塔だ。

大樹寺は岡崎城の北3kmの地点にある。



松平、後の徳川氏の菩提寺である大樹寺は三門や歴代当主のお墓など見所が多いが、今回は多宝塔に絞って紹介しよう。

三門をくぐって左手に行く。

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西に向かう形になる。昼下がりであったが、光線の加減を考えると午前中がお勧めだろう。でも、そんなに逆光にならずにすんでよかった。

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この大樹寺で中世建築物で残るものはこの多宝塔だけだという。少し意外な気がする。

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   国指定重要文化財 大樹寺

 建造物 大樹寺多宝塔(付棟札)1棟

 多宝塔とは仏塔の一形式で、平面が下重方形、上重円筒形、上下の連続部が饅頭形の二重塔のことである。
 大樹寺の多宝塔は室町時代のもので、この寺に残る中世建築の唯一のものである。松平七代清康により天文4年(1535)に建立された。
 下層は方三間、総円柱、斗組二手先尾垂木付として、また上層は白漆喰塗りの亀腹上に円形の塔身を立て、四手先で軒をささえる。屋根は檜皮葺、鉄製相輪を上げ、軒隅には風鐸がつるされている。塔内部には禅宗様の須弥壇を置き、その上には春日厨子を据え、本尊の多宝如来像を安置する。
 この多宝塔は上下層の釣り合いもよく、蟇股や木鼻の絵様および彫刻、その他の細部様式も古風でていねいに作られ、この時期としては和様色の強い建築物である。

 明治37年2月18日指定

 岡崎市教育委員会

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見ると亀腹上の円塔部分が細い。二手先の尾垂木が飛び出しているようだ。このあたりの組み方にはゾクゾクする。

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それを支える初層は、簡素に力強くまとまっている。

質実さを感じる。

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いろいろな角度で楽しむが、見上げる形の仏塔はやはり絵になる。さほどの大きさがない多宝塔にしても、美しい。

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寺の外に出て、西側から見上げてみた。この角度も悪くないのだが、少し余分に塀などの障害物が目に入ってスッキリしないのは残念だ。

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