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1067中森城(三重県) [城印象記]

津市美杉町太郎生の中森城を紹介します。

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国道368号線で向かいます。県境に近いところです。

国道横の丘陵に城はあります。登城口は国道から見て反対側です。城山クラインガルテンが目印になると思います。車は付近の余白地に停めました。

登城口はこちらになります。

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愛宕神社のあるところが主郭になります。

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国道から少し坂を上ったため、このあたりからの比高は25mほどです。

丘陵の中心に上がりますが、既に城域です。右手にはL字状の大ぶりな土塁が見えます。

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この土塁でひと区画区切れています。その先には空堀がありました。次のコ型のような土塁との間という感じです。

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この西側(進む右手側)の土塁を歩きました。高さは2~3mほどですが、厚いしっかりした土塁です。西側の山の斜面下には横堀が見られます。

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その先の隅の土壇が主郭部です。ぐるっとまわりこんで北東部分から登りました。愛宕神社の参道として斜面になっています。

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主郭です。

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南端を見降ろしたところです。

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大きな落差はありませんが、全体的にしっかりした縄張が見られます。

東側には土塁が見られませんが、破壊されてしまったのかもしれません。東側が愛宕陣社への道となっています。東側から見た土塁もいいですね。

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中央を越えて北へ足を進めます。こちらも土塁で区画が仕切られています。

広い曲輪です。

北西方面は一段高くなっているように見えました。

その西側の土塁には石積のような部分もありましたが、たまたまの補強用のものなのかよくわかりません。

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そして北の端の平虎口です。

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この先がドーンと下っています。

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下へ降りて見上げたところです。高低差があり、威圧感があります。

平城の様な縄張が展開していましたが、山城であることを思い知らせてくれました。これは攻め辛いでしょう。

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その先も尾根道が続いていました。案内板があるように国津神社の道になっています。

細尾根をいく道ですが、どうかすると城遺構(土塁と曲輪)の様に見えたりして気になりました。しかし、城は山上に広がる土塁に囲まれた部分で充分でしょう。

西側に降りる道があったので、そこで山から離れました。

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1065稲垣西城(三重県) [城印象記]

津市白山町稲垣字中山の稲垣(いなかけ)西城を紹介します。

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前日に紹介した稲垣城の沢を隔てた尾根先にあります。稲垣城を訪ねた道を戻り、再び背後の山から狙います。起伏はほとんどありません。位置詳細データはなかったので、多分ここらだろうと思う尾根先を目指しますが、その平坦さ加減に城なんてあるのだろうか、と思うほどでした。

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が、気を持ち直して足を進めていくとありました、堀切が。

やっぱりあるんですね、感動の瞬間です。

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この堀切はほんの印のようなものでしたが、その少し先には更に大きな堀切がありました。少し藪ってますが、なかなかのものです。

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横から見るとこんな感じ。

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その先は土塁です。コ型の土塁のようで、囲まれた曲輪が主郭でしょう。

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三重の山城ではおなじみの松亥さんのプレートもあります。

  松亥さんのサイト
  三重の山城巡りへようこそ
  http://www.ma.mctv.ne.jp/~kamt2003/

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先まで行きました。2段の曲輪になっているようです。

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小さいながらにも、しっかりした人為的な作りを感じられます。ただ意外な感じを受けたのは虎口は山の外側、萬福寺側に向いていました。

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といっても、その前面は崖状になっています。どう城へはアクセスしたんでしょうね。

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沢側へ降ります。こちらにしても急斜面には変わりありませんが、こちらに大手道があったかもしれません。

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稲垣城の背後の弱点を守るために後から出城として築いたのかと考えながら寄ったのですが、虎口の向きや尾根の位置から、そうではなくて、稲垣西城が砦として先に築城されたのではないか、で、手狭だったのであとから稲垣城を築いたのではないか、そんな気がしました。

まあ、そんな気がしたというだけの想像ですが。

沢への下りはかなり厳しかったです。植林された木につかまって降りました。

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1064稲垣城(三重県) [城印象記]

津市白山町稲垣字中山の稲垣(いなかけ)城を紹介します。

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県道664号で萬福寺を目指します。萬福寺前にはスペースがあり、ここに車を停めさせていただきました。萬福寺から北東に見える山に稲垣城はあります。

比高は25mほどです。道は特にありませんが、この正面から一気に直登をかけても登れるかと思います。

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しかし、左に回り込むと道がありました。

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山との間が沢になっていて、一旦背後から山にあがり、まわりこむように城がある突端部を目指しました。この順ならゆるやかな道のりです。ただし、道はあるようなないような、そんなレベルです。

もっとも高いところに城はあるかと思っていましたが、平らな地面があるばかりで、城らしくありません。周囲に溝のようなものがあり、ひょっとしたら遺構なのかもしれません。しかし、これは植林に関係する何かなのでしょう。

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なだらかな削平地が続き、要害性が感じられません。これでいいのか、と思ってたら、堀と土塁がセットで現れました。一文字にあります。ここから、城域ということでしょう。

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しかし、まだなだらかな削平地が続きます。広い区画の奥に土塁と空堀が見えます。更に本格的なものです。少し薮っていますが、この土塁は方形を描いていました。

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この空堀と土塁の向こうが主郭なのでしょう。

はっきりと城だとわかった瞬間はやはり感動ものです。見事な方形土塁です。

その一角が土壇になっていて櫓台のようでした。内側にも空堀がセットになっています。ちょっとめずらしい作りです。

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登ってきた方の反対に虎口があります。そちらが正面なのでしょう。厚い土塁の間に平虎口です。

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その向こうは土橋状になっていました。両脇が空堀です。つまり厚い土塁は空堀とセットになっています。平虎口といっても、なかなかの守りです。ここは見応えありました。

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主郭の下も方形土塁に囲まれた曲輪です。

その土塁まで行って先を見ると、堀切があります。

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いい感じで遺構が残っています。どうやらその先も曲輪が続くようです。

その先は土塁空堀はわかりませんが、段曲輪にはなっていました。あと3つは数えていいかなと思います。

この斜面を利用して展開していた訳です。

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端は崖状になっていますから、なかなかの要害です。

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良好に遺構が残り、見応えのある城でした。

虎口の向く正面に対しては、かなりしっかりした居館城だと思われましたが、山の背後からは守りが脆弱なのでは、と気になりました。

享禄2(1529)年、北畠から稲垣の地を与えられた川原田相模守実秀が築城した城です。



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1055大蔵城(愛知県) [城印象記]

愛知県豊田市(旧足助町)大蔵町本城の大蔵城を紹介します。

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大蔵小学校・保育園の裏山といったところにあります。

小学校が見えたところで、三叉路を右に登ると保育園の駐車場があります。日曜日に訪れたので、そちらに車は停めさせていただきました。

そこから、小学校の裏を通り、保育園へ向かう小道があります。お城へは、保育園の右奥に登城口があります。

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小学生が書いた案内板がありました。

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これは心強かったのですが、もうかなり時が過ぎてしまった看板です。不安的中で、かつては道を整備したと思える跡がありましたが、すっかり薮っています。それでも、なんとか井戸跡を見つけました。

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水が溜まっています。今でも水が湧くのでしょう。 

ここは主郭下というような位置です。

道が途絶えてしまいました。まっすぐが頂上(主郭)のようですが、坂がきつすぎて登り難いです。左に回り込むようにして、尾根ラインに出て、上を目指しました。西へ回り込んだ訳です。

もう少しで主郭というところで、小さな堀切が確認できました。

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割と明瞭に感じたのですが、写真でみるとわかり難いですね。

そして主郭です。

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整備した頃に作ったと思われる案内板が倒れていました。

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本城山(大蔵城)

大蔵城は大蔵小学校背後の山頂標高三〇三米の山城である。大蔵保育園の地が城主原田氏居館跡(徳川の旗本四百石)尚鎌倉時代以前より通信手段としてそれぞれの地域の山頂に狼煙(藁生柴などを焚いて上げる煙、特に敵の襲来などを知らせる。)を上げる「のろし台」であった。

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この主郭に土塁などは見られませんでした。が、北側などは周囲が切岸状になっており、城遺構だと感じられます。

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また大きな石がいくつか見られ、防御などに利用したことが推測されます。

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ただ、お城としての遺構はこれくらいで、曲輪も単郭かと思われます。それから考えれば、狼煙台か見張り台といった役割の城だったのでしょう。

尾根ラインを伝わり下山しました。頂上を西から東へ通り抜けました。道がはっきりしないので、適当に保育園方向を目指します。尾根の突端が伸びて保育園が見下ろせます。

ここが居館跡と言われるのがふさわしく感じました。

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登ったところとまったく違うところから下山することになってしまいました。

比高60mほどの山ですが、薮を彷徨ったり、または崖を滑落しては危険ですので、その点は気を付けて山に入ってください。



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1049久木城(愛知県) [城印象記]

愛知県豊田市(旧足助町)久木町日向の久木城を紹介します。

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国道153号線を北上、足助の町を過ぎて、モグモグキッチンのある交差点を左折します。久木町に入ります。800mほど進んだあたりから右手に登りました。

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この電柱のあるあたりからです。道路の反対側のところに停めさせていただきました。

ここを登ります。

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しばらく登った三叉路を左に行くと城です。

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城は舌状尾根の先端という部分です。ちょうどこの上は墓地になっていますが、曲輪の一部らしいです。後世の改変も著しいことでしょうが、そう考えると、右の堀底道の様なところは、もとは堀切だったかもしれません。

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左に行ったその先にもお墓があります。そのため、道は整備されているので助かります。お墓の奥は薮ってますが、お城の中心部分でしょう。

城主のお墓があります。

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城主は、平氏の支流で筑前から来た原田氏。久木原田氏初代は藤左衛門種友というそうです。この方は、徳川家康に従い、三方ヶ原の戦いで討ち死にしました。二代は藤左衛門種吉・三代は藤左衛門種成です。

ただ、お墓を見ただけではどなたのものか判別はできませんでした。

その先は削平されています。曲輪としてみると割と広いです。

先端部分をみると主郭らしさを感じます。

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道路との比高は40mほどです。

周囲には土塁はありません。

先端部分からみると腰曲輪っぽい部部もありましたが、どうでしょう。

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城郭遺構として見るには物足りない限りですが、立地の加減といい一応城としてみれるかな、というところでしょうか。

城主のお墓が印象に残りました。



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1042後山城(三重県) [城印象記]

三重県北牟婁郡紀北町海山区小山浦の後山城を紹介します。

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小山浦の集会所を目指します。こちらの駐車場を利用させていただきました。

長泉寺との間の小道を登ります。崖端に案内板がありました。一見お城とは関係ない様に見えますが、簡単な地図と説明があります。

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   うしろ山城跡

 この城跡の歴史は、13-14世紀頃のこの地方の一名家である、木本盛房が居を築いたのがはじまりで、盛房が木本(このもと)(現相賀)に移り住んだのち、その廃址に三浦の窪の豊浦左衛門が屋敷を構えたといわれている。
 なお、うしろやま(後山)というのは、小山集落の南にあたる山地一帯を指す称で、北面している故の名であると思われる。
 巨石を積んだ石垣や、水門が残っていて、城跡の面影をとどめている。
 また、背後の道はノロシ山に通じており、そこには江戸時代初期に紀州藩が設置した狼煙場がある。

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それにしても崖下からもわかりやすいようにしているのか、まじまじと読むにはやっかいな位置にあります。崖から落ちないように気を付けて撮ってきました。

さて、城は左に折れた先にあります。こんな木橋を二つ渡ります。

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この先あたりが後山城になります。

左手に石塁が見えます。目を惹きます。木橋付近の石垣は後世のものでしょうが、それとは違う場所で、これは城遺構なのでしょう。水門のようです。

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突端までまわりこんでみました。付近は石だらけですが、近年の川の護岸とは別と思える石積みです。手前のものですが、素朴な積み方ではあります。

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橋をまっすぐ進む小道の左側に主な遺構があるようです。かなり薮ってて、踏み込んで歩くにはやっかいでした。

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二段の曲輪になっていて前面に石垣が確認できます。

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後ろの段の石垣は石がかなり大きいです。石垣と書きましたが、その背後にも回り込めます。石垣と言うよりは石塁でしょうか。

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規模は大きくはありませんが、見通しが効かないのが残念ではありますが、なかなかの城遺構です。集落の背後にデンと構えられた領主様の居館というところですね。

奥まで行くと小川があります。最初の川とこの川に挟まれた範囲が城域なのでしょう。

が、この小川、よく見るとすごいです。流れ落ちる先端部分は石垣で固められていました。この出来栄えはなかなかのものです。

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全体の構成はよくわかりませんが、小川の水を利用していたのでしょう。地勢を活かした城のつくりが感じられます。

見にくいですが、けっこう特徴あるつくりで面白いですね。

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整備されたら、けっこう面白いお城だと思います。せっかく、立派な碑もあるというのに、ちょっと残念です。

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1033三津城新城(静岡県) [城印象記]

三津城三津城北砦三津城出城と紹介しました。更に北に進んだところに三津城新城があります。三津城新城を今日は紹介します。

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「+」のところが三津城新城になります。

出城から尾根を緩やかに下り、そして登ります。ハイキング道があるので歩きやすいですが、城遺構としてはどうなの、とも思ってしまいます。一大巨城ではなく、ところどころに砦が顕在して、そのネットワークで守り固めているということなのでしょう。

このあたりか、と思うピークを登りつめると、切岸で囲われた削平地が現れます。

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櫓台と呼ぶべき土壇です。

通り過ぎて、下の段から見たところです。確かに人工的な土壇になっているのがわかります。

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その下の段というのが主郭になります。削平された割と広い曲輪です。4つの城郭施設のなかで最も広い曲輪です。薮ってはないですが、木々があって見通しが効かないのが残念です。

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土塁ははっきり確認できません。土塁がないと城郭遺構らしさに欠けますか。

縁まで来て確認すると、周囲は帯曲輪が巻いていました。

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下に下がって見ると段状になっているのがよくわかります。

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特に櫓台の反対方向のあたりは複雑に曲輪が重ねられているように見えました。なかなかのもので、こうしてみると新城が一番発達した形態を持っているようです。

切岸に石が点在していました。具体的な石垣あるいは石積みは見られませんでしたが、何かしら、そんな防御も意図したのでしょうか。

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全体に遺構も風化してしまっているのか、はっきりしてはおらず、見て楽しめるほどの城郭遺構ではありませんが、こうして、見つけながら探索するというのも、また楽しいものです。

陽が傾きます。もう少し時間があればと思いながら、日没までには山を下りたいので、急がないといけません。

富士山や内浦湾や淡島が、ここ新城でもよく見えます。

良い城日和でした。ありがとうございます。

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1032三津城出城(静岡県) [城印象記]

三津城三津城北砦と紹介しました。その尾根をもう少し北に進んだところに、またも城郭遺構と思われる箇所があります。三津城出城と名付け、紹介します。

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「410」とあるのが発端丈山山頂であり、三津城です。矢印が三津城北砦で、「+」が三津城出城になります。

(切り出す地図に上手く書き込めなくて、わかりにくくて申し訳ありません。)

しかし不思議なもので、尾根道を歩きながら、同じピークでもただの自然地形だったり、何か人工的に作られた城砦跡だったり、ピンとくるものですね。

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堀切です。細い尾根をこのように区切るのは人工的です。堀切が、もっとも城らしさを語ってくれる遺構といえるのでしょうか。

もう少し進んだところにも同じような堀切があります。

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横から見たところです。こうして画像で見るとわかりにくいでしょうか。

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堀切を越えるとピークになります。石が散乱していました。石積みを意識したのでしょうか。なぜ石が散乱しているのか、よくわかりません。

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登り切ってしまうと、その反対が削平地になっていました。振り返ってみたところですが、登ってきたところが高くなっており土塁になっています。

土塁と堀切のセットです。三津城方面を強く警戒しているのですね。

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この削平地の北側には帯曲輪のように一段低い箇所が付いていました。木々の隙間から見えます。

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降りて横から眺めたところです。段差が明瞭です。

でも、ハイキング道が通っていて、こうなっているのだと思えなくもないですが。判断は難しいところです。

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尾根が東方向と北方向に伸びています。

東方向の尾根をみると、こんな具合で、これを削平した曲輪が伸びていると見るかは微妙ですかね。

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北方向は、こんな具合です。緩やかなハイキング道にしか見えないですか。

この周辺を出城として見るのは吝かではないと思いますが、しかし、中途半端な感じも受けました。

この緩やかなハイキング道はその先ぐっと下ります。その先が三津新城です。

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1031三津城北砦(静岡県) [城印象記]

昨日、静岡県沼津市内浦字三津の三津城を紹介しました。その三津城から北へ尾根が続き、途中のピークに城があと3ヶ所ほど城址が確認できます。そちらも探索してきましたので、順に紹介していきます。

まずは、三津城の北尾根の突端にある三津城北砦です。

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「410」とあるのが発端丈山山頂であり、三津城です。「+」あたりが三津城北砦になります。

三津城の遺構があの程度だったので、果たして他の城郭遺構が確認できるか不安でした。が、そろそろかと思う頃にこの地形です。

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堀切です。自然地形っぽいけど、自然地形ではない、城郭遺構を感じました。不思議なものです。他にもピークはあるのですが、何もないところは何もないのですが、あるところにはあるんですね。(変な文章ですね。)

ひとつきっかけがつかめると、城の構造もつかめ、次々と遺構が見えてきます。

ちょうど中央の大きな曲輪を土塁で区切っています。

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そして、その向こうは主郭です。

削平感のある広さがあり、端には石が並んでいました。石積みした名残りでしょうか。

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わかるものですね。そのことに感動しつつ、更に北へと足を進めます。

この先、急激に山を下ります。

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1030三津城(静岡県) [城印象記]

静岡沼津市内浦字三津の三津城を紹介します。



三津城は、発端丈山にあります。場所ははっきりしてないようで、中腹にあるという説明も読みましたが、私は山頂にあったものとして訪れました。

登城は益山寺を経由しました。お寺があるなら駐車できるだろうと考えていたのですが、駐車禁止の看板が出ていました。

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仕方ありません。一本道で登ってきましたが、余白地のあるところまで下って停めました。しかし、それにしても道は細く、急勾配です。道の管理状況もよくないので、運転は慎重に進んでください。

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気を取り直して登ります。益山寺の西側から山に入ります。回り込んで北へ抜けます。ほぼ平行移動です。長瀬から登ってきている林道に出ました。

舗装路です。この道は走ってはいませんが、グーグルマップでも確認が取れるので、この道で走ってきても良かったのかもしれません。

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ここからはほぼ一直線に登りです。登山道として整備された道です。約20分ほどでした。頂上が見えた時は嬉しかったです。一気に上ったせいか、辛い登りでした。

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登って振り返ったところです。段郭になっているのがわかります。虎口を形成しているとは、ちょっと言い難いかな。

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発端丈山山頂の案内があります。標高410mになります。

三津城主郭でもあります。

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ここはナイスビューな山頂でした。雲がかかっていたのが残念ですが、富士山が大きくてきれいです。

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肝心の城の遺構はさほど感じられません。主郭、帯曲輪、段郭、それらを読み取れますが、それはこじつけのような気もしました。自然地形っぽいです。

まあ、それでもそうかなぁと思って見てきましたが、何よりも、海が、港が見えます。ああ、それでここに城を構えたのだと妙に納得しました。

戦略的にここを抑えたかったと思います。

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