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1110曽我城(神奈川県) [城印象記]

神奈川県小田原市曽我谷津の曽我城を紹介します。

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曽我氏の居館跡ということで、まあ有名そうなので行けばわかるだろうとタカをくくって訪れました。が凡そこのあたりだろうと思いながらも、案内は見つからず、彷徨ってしまいました。

路地は細く、車が停められません。簡単に済まそうとしたのまずかったのでしょう。やっぱり車を停めて歩いた方がよかろうと、下曽我駐在所奥の駐車場に入れます。入れて気付いたのですが、ここが城前寺の駐車場でした。

城前寺を訪れます。

説明板には「曽我城の大手前にあるのでこの名がある」とあります。

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そして本堂の奥には曽我氏の墓があります。

曽我太郎祐信、満江御前、曽我十郎・五郎兄弟の墓と伝わる五輪塔です。実はこの下の墳丘が曽我城の土塁の一部だということです。

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そして、館碑はここより東100mの地点です。見つからず、あたりをぐるぐる歩いてしまいましたが、地元の方に聞いてやっとたどり着きました。

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何とか暗くなる前にたどり着きました。カメラに収めてほっと一息です。

でも、おかげてあたりの地形がよくわかりました。穏やかな丘陵地で、城の遺構と思われるものは何もありませんが、居館を構えるのにいい場所でしょう。

しかし、やっぱりきちんと調べないといかんなと反省した次第です。

ふと、気が緩んで、ちょっとポケモンGOでもとアプリを立ち上げたら、曽我城がポケストップになってました。あー、こんな探し方も出来たんだ! 気が付かなかった、と一本取られた気分でした。

やっぱり、曽我城は有名スポットなんですよね。

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1102下堀城(神奈川県) [城印象記]

神奈川県小田原市下堀の下堀城を紹介します。

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地図でも四角く水路があるのがわかります。それが面白そうで訪ねました。

あたりは住宅街になっています。水路に沿った道路があるわけではないので、撮れそうなところで、四辺の雰囲気がわかるように撮ってきました。

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中世の方形館が想像されます。旧武田氏の家臣志村氏が居館としたそうです。

南西隅に土塁が残っています。削れてしまったのか、余り高くない土塁です。この土塁もそうですが、四辺の水路といい、直線ばかりで、技巧的なところはありませんでした。

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ちょっと木が植わっていて、土塁と気付きにくいです。

住宅地のなかで、らしさが少しづつ失われているのでしょう。そう思うと、残念です。

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1101沼田城(神奈川県) [城印象記]

神奈川県南足柄市沼田の沼田城を紹介します。

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丘陵状になっています。路地は細いですが、登っていくことは可能です。ただ駐車する場所がなくて苦労します。

登り口には、小さな案内があります。

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この道も堀のような遺構を利用しているのかもしれません。

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登り切った正面に標柱があります。

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このあたりが主郭です。開墾された畑が広がっています。

実は、ここは再訪なのですが、以前はちゃんと標柱は立っていました。

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標柱ひとつでも、ありがたいものです。しかし、手入れされることなく朽ちていく様子をみると残念です。また新調されることを願っています。できれば、説明版もあるとうれしいですね。

それにしても、前回も雨で、今回も雨。雨だから、ちょっと立ち寄ったのかと微妙な思いです。

割と広い平らな土地で、往時は区画を設けて城と利用したのでしょう。それを何となく感じさせる様子ですが、開墾されてて、具体的な遺構までわかりません。

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しかし、登ってきた南面の道を少し入り込んでみると、この台地が切岸状になっているのが、よくわかります。

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こんな薮探索をこまめにするとお城も楽しさを増すのですが、雨の再訪ということで、そこそこにして切り上げてしまいました。

北の面を下ると空堀も確認できます。よかったらチャレンジしてみて下さい。

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1099北条幻庵屋敷(神奈川県) [城印象記]

神奈川県小田原市久野の北条幻庵屋敷を紹介します。

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保育園の手前角になります。路地は狭いです。訪ねた日は土曜日で休園日だったので、保育園の駐車場に停めさせていただきました。

あいにくの雨でしたが、満開のソメイヨシノが咲いていました。桜はいいですねえ。

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 北条幻庵屋敷跡

 幻庵は、伊勢早雲庵宗瑞(北条早雲)の末子として明応2年(1493)駿河の葛山の館(裾野市)に生まれた。幼年時代に箱根権現の別当職を約束され、京都に出て三井寺で修学したり、学者や文化人について諸芸を学び、格調高い歌を詠む文化人であった。
 天文10年に兄氏綱が逝去した後は、3代氏康、4代氏政の後見人として、この久野の館に住み、一族の長老的存在となり、その名は遠国まできこえていた。
 幻庵は、北条氏が滅びる8ヶ月前、北条氏の盛衰とともに久野の館で97歳で亡くなったとされている。

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余り後北条氏に詳しくないのでいけませんが、関東には後北条氏ファンも多く、思い入れの方も多いのではないでしょうか。

わずかばかりの庭園が残っています。

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こうして残っているのはありがたいですが、少し荒れていますかね。もう少し整備すればいいのに、と思いました。

もっとも、屋敷であって、城館的な遺構はなかったと言われています。

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鳥居の向こうには廟もありました。秀吉に攻め込まれる前に亡くなったのは、幸せなことだったのかなと思って、手を合わせてきました。

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1091奥池ヶ谷城(静岡県) [城印象記]

静岡市葵区柿島字城山の奥池ヶ谷城を紹介します。

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安倍川水系の中河内川の蛇行する山地に奥池ヶ谷城はあります。天然の要害と言うべく場所に位置します。県道27号線沿いに、車が2台ほど停められるスペースがあります。奥に登城口です。

案内板があります。その右手下は断崖で中河内川が臨めます。

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猛烈な急登坂です。ただ道が整備されているので助かりました。階段が作られています。

周囲は川に囲まれた崖のようですが、山地の中心を通るので水面は見通せませんでした。

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急登坂ではありますが、それほどの距離はありません。比高85m、約10分程の登りです。

ちょっと登り切ったかなと思ったところで小さな削平地があり、奥に堀切が見えました。

ここが一番の見所になりますでしょうか。奥が切岸になっているようで見栄えがあります。うっすらと土橋が見えます。しかし、堀は浅いです。

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ここですっかり城モードになってしまいましたが、全体には削平が甘く、はっきりと曲輪の連携機能が感じられない様子ではありました。

が、削平地=曲輪がパズルのように入り組んでいるようにも感じられ、観察してきました。

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こちらが最高所になります。主郭の一角の櫓台の土壇というところでしょうか。

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反対から振り返ると、こんな具合に見え、土壇の切岸的な部分が、自然地形の中にも人口的なもの、お城を感じられる部分になります。

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更に奥に進みます。鉄塔があり、その先に段状に削平地が広がります。、

割と広いスペースです。

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縁には、石積みらしきものも見られます。

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しかし、どうでしょう、石が散乱し土留めようなものがあった様子がうかがわれますが、唐突にお城の遺構としての石とは考えにくいですねえ。

どうやらかつて開墾されたということです。

隠畠でもあったのでしょうか。

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妄想が広がります。が、元は城の遺構だったと思います。側面に竪堀などもあります。曲輪は、立てこもる兵や集落の人々の格好のスペースだったのでしょう。

そして奥は断崖です。川は見えませんが、この周囲は川です。

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ある程度の規模があるものの、素朴な自然地形を利用したお城です。

強力な城郭に進化する要素がありますが、今川も武田もこの地を重要視する機会がなかったのでしょう。峠がこの先にありますが、鄙びた山間地でした。

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1090湯島城(静岡県) [城印象記]

静岡市葵区油島字城山の湯島城を紹介します。

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菜流寺への道があります。勾配がきついですが、舗装された道が菜流寺奥のお墓場まであります。そこに数台分の駐車が出来ます。そちらを利用させていただきました。

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登城口は何も示されていませんが、実はこの浄水設備の横になります。山に向かう小道がうすく見えると思います。

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しばらく沢の左を歩き、沢の流れがなくなるあたりで横断し、山へと入っていきます。

そのあたりから逆の左の尾根に登る道もあります。そこには削平地があるようですが、こちらは割愛してしまいました。

小道はうっすらとしていて見失いやすいレベルです。斜度もきついですから気をつけて登って下さい。

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約20分ほどの登りです。比高で120mほどでしょうか。

そろそろ頂上かと思った時、いきなり現れました。堀切と土橋です。尾根筋を削り込んだ感じがあり、お城の遺構とすぐ分かりました。

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いいですねえ。ただ強烈に遺構を感じたのは、実は、ここともう1ヶ所あるだけなのですが。

廃屋になった小屋が見えます。どうやらここらあたりが主郭のようです。

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裏に回ってみます。削平地が広がっています。今は植林されていますが、かつては茶畑にされてたそうです。藪化している部分も多く、また削平なども、素直に遺構と受け取れない部分もありますが、ともかく、かつては城の曲輪として広い平らな土地だったのでしょう。

廃れた井戸があります。天水をためるようなものでしょう。これがそのままお城の遺構かどうかはわかりません。でも、曲輪といい遺構を利用した可能性は高そうに思えました。

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こちらの甕には水がしっかり溜まっていました。天水でも、しっかり溜めて利用することはできたということですね。

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削平地は広く、そして東に続いています。あれほど急斜面だったことを思えば、別世界のようです。途中の部分は緩やかに下っていましたが、その先は方形状に削平地になっています。

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西が主郭であり、東が2の曲輪という位置付のようですがはっはりしません。ただ両端が広くなっていて中央がやや狭まっていること、西がやや高いこと、などからそう見えるということです。

改変もあってか、城の遺構らしさはあまり感じられません。

しかし、削平地の縁から見ると、かなり切岸状になっていることがわかります。この地形はお城だなと感じます。

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東北方面に下る道があります。その先に鉄塔があります。

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この尾根道を行ったところに堀切があります。

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これぞ、山城の遺構というような堀切です。特別な規模ではありませんが、手応えがあって、嬉しいものです。

反対側から、もう一枚。

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あとは、これというものはありません。

主郭の南側も探索しましたが、畑の土留めに作られたと思われる石垣がありました。位置的にも、城遺構には思われませんでした。

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もう少し下ったところには、茶畑の名残がありました。

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両端に残る遺構と広い削平地を考えれば、そこそこの城だったのだろうなと想像されます。しかし、それらが、畑などで破壊されてしまったのでしょう。

今は山林と薮と壊れた廃屋を見ながら、人の営みをいろいろ感じます。

けっこう高い山ですが眺望はすぐれません。これは登城口の反対にあったお墓の上から見た安倍川の景色ですが、山林がなければもう少し角度あるいい景色が、往時は望めたのかもしれませんね。

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1089瀬名館(静岡県) [城印象記]

静岡市葵区瀬名字大屋敷の瀬名館を紹介します。

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今川一門である瀬名氏の館がありました。リンク西奈・西奈図書館の西側あたりと言われてます。

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付近を歩いてみましたが、今は遺構は何もありません。新しい住宅が建っています。最近のものらしいですね。

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よく観察してみると、隣の土地より高いことがわかります。土地が造成されて平らに均されたことでしょうが、ひよっとするともとは微高地だったかもしれません。また付近の溝(水路)などの自然な曲がり方などは、かつての堀の名残があるのかな。

ひょっとしたら発掘調査などもされているのかもしれませんが、全く資料を持ち合わせていませんので、単なる妄想です。でもそんなひと時が楽しい、散策です。

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公民館のところに、瀬名の郷倉がありました。昔から「瀬名は千石米どころ言われていた」そうですが、瀬名氏が重要な拠点を押さえていたことがうかがえます。

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東側には山がみえます。麓には瀬名氏の菩提寺である光鏡院があります。

その山には瀬名氏の砦があったそうですが、詳しくはわかっていません。

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光鏡院まで来ました。300mほどです。

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瀬名一秀の供養塔がありました。瀬名一秀は遠州の地から今川一門ということで、この地に馳せ参じた瀬名氏の初代です。

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ここより南200m行くと2代氏貞の墓がある松寿院があります。

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もっともお寺はお寺の体を留めていないような様子でしたが。

変わりゆくなかで、仕方がないものとこれだけは残したいと思うものとあるでしょうが、ここに今川氏を支えた瀬名氏一族がいたことは記憶にとどめたいですね。

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1080気賀陣屋(静岡県) [城印象記]

浜松市北区細江町気賀の気賀陣屋を紹介します。

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気賀小学校があります。この一帯に陣屋があったそうです。

国道362号線を見下ろす高台で、街道を抑えるいい場所です。

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案内板があります。陣屋というよりは椎の木の説明なのが私的にはちょっと残念ではあります。

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   細江町指定天然記念物
   気賀近藤陣屋遺木江戸椎

 気賀小学校とこの付近一帯を陣中といい、江戸時代、旗本近藤家の陣屋(屋敷)があった所です。近藤家は、気賀の領主で、気賀関所も近藤家が治めていました。
 この椎の木は、陣屋の庭に植えられていたものといわれ、現在陣屋の面影を残すものはこの椎の木だけです。この椎の実はとても大きく、近藤氏が毎年この実を幕府に献上したことから、江戸椎と呼ばれるようになりました。

   細江町指定 昭和41年1月27日

                      平成6年10月1日
                      細江町教育委員会

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子供の頃、シイの実を口にしたことがありますが、そんなに美味しいものではありませんでした。ここのシイの実は、そんなに違うのか気になってしまいましたが、どうなんでしょう。

陣屋遺構は何もありません。

小学校は明治6年創立の古い学校ですが、新しい校舎が建っていました。

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1079中日向城(静岡県) [城印象記]

浜松市天竜区龍山町大嶺の中日向城(中尾生城)を紹介します。

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秋葉ダムの近く、国道152号線を行くと龍山の集落付近に県道361号線が接続しています。この県道361号線を白倉川沿いに登っていきます。2kmほど進んだあたりで右折して、川を渡ります。矢印を書き入れた標高214の地点です。

この後、道なりに進み舗装路が終わったそのもう少し先に登城口があります。工事中のようでしたから、舗装路が伸びるかもしれません。

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その先も、林道ではありますが割とよい道が続いています。まあしかし、このあたりの余白地に停めておくのが賢明かと思います。

ここからは比高は100mほどです。道があるので登城は比較的楽です。

道は途中での岐路があり迷いますが、高いところをめざし選択しました。途中で道は終わってしまい、地図で見るところの南西のピークを越えて、城の入口にたどり着きました。

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ここから少し進むと平たくなっています。曲輪のひとつで、もうこのあたりから城域なのでしょう。

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もう一段上がるように進むと、左手に横堀が見えます。

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通路からは薮って見難いですが、まわりこむとしっかりわかりますよ。

この城では一番山城の遺構を感じられるポイントです。

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手前が土塁のようになっていて、主郭方面は切岸状態です。かなりの落差です。

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再び道に戻り進みます。直接、頂上にはあがらず、反対の尾根に出て、折り返して頂上に進みます。頂上には稲荷社が祀られており、そのための参拝道なのでしょう。しかし、薮が進み途中は道がわからない部分もありました。

が、折り返して赤い鳥居が見えれば主郭はすぐです。

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到着です。

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主郭は広くはないですが、そこそこのスペースがあります。

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縁を見ると、土塁があった痕跡のような感じを受けます。

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主郭まわりは切岸状になっていて、落差感があります。

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かなりの高さを感じるのですが、木々がさえぎるのもあって眺望は効きません。

しかし地形的な位置といい、山の奥で、相応しくない場所にある城に思えましたが、どうなのでしょうかね。

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あとは降りた鳥居の先の尾根が曲輪っぽく感じますが、薮っていてはっきり遺構がわかるわけではありません。

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およそ、こんな具合の山城です。1時間ほどの見学でした。

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1067中森城(三重県) [城印象記]

津市美杉町太郎生の中森城を紹介します。

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国道368号線で向かいます。県境に近いところです。

国道横の丘陵に城はあります。登城口は国道から見て反対側です。城山クラインガルテンが目印になると思います。車は付近の余白地に停めました。

登城口はこちらになります。

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愛宕神社のあるところが主郭になります。

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国道から少し坂を上ったため、このあたりからの比高は25mほどです。

丘陵の中心に上がりますが、既に城域です。右手にはL字状の大ぶりな土塁が見えます。

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この土塁でひと区画区切れています。その先には空堀がありました。次のコ型のような土塁との間という感じです。

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この西側(進む右手側)の土塁を歩きました。高さは2~3mほどですが、厚いしっかりした土塁です。西側の山の斜面下には横堀が見られます。

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その先の隅の土壇が主郭部です。ぐるっとまわりこんで北東部分から登りました。愛宕神社の参道として斜面になっています。

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主郭です。

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南端を見降ろしたところです。

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大きな落差はありませんが、全体的にしっかりした縄張が見られます。

東側には土塁が見られませんが、破壊されてしまったのかもしれません。東側が愛宕陣社への道となっています。東側から見た土塁もいいですね。

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中央を越えて北へ足を進めます。こちらも土塁で区画が仕切られています。

広い曲輪です。

北西方面は一段高くなっているように見えました。

その西側の土塁には石積のような部分もありましたが、たまたまの補強用のものなのかよくわかりません。

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そして北の端の平虎口です。

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この先がドーンと下っています。

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下へ降りて見上げたところです。高低差があり、威圧感があります。

平城の様な縄張が展開していましたが、山城であることを思い知らせてくれました。これは攻め辛いでしょう。

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その先も尾根道が続いていました。案内板があるように国津神社の道になっています。

細尾根をいく道ですが、どうかすると城遺構(土塁と曲輪)の様に見えたりして気になりました。しかし、城は山上に広がる土塁に囲まれた部分で充分でしょう。

西側に降りる道があったので、そこで山から離れました。

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