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1181大阪府豊能町のマンホール [マンホール]

大阪府豊能町のマンホールです。

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町の花タンポポが描かれています。町章と「とよの」「おすい」とあります。豊能は「とよの」と読むのですね。

町章は四つのカタカナの「ト」とひらがなの「の」を組合わせています。

大阪北部の町で京都・兵庫も近く、端っこまで来たのがわかります。

山も多いです。

こちらは城山高校のあった丘です。既に廃校になってしまってますが、かつて余野城があったところです。

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そして、その近くには余野本城もあります。

高地なのか幾分涼しい空気が流れ、田んぼにはカエルが飛び跳ねていました。

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1179宮城県丸森町金山地区のマンホール [マンホール]

宮城県丸森町金山(かねやま)地区のマンホールです。

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粒々とひし形の中に金山の文字がデザインされています。町章などのマークかも知れないですが、由来などはわかりませんでした。

金山町は1954(昭和29)年に大内村・大張村・耕野村・小斎村・舘矢間村・筆甫村と合併し、新制の丸森町になりました。

が、過疎化には歯止めがかかっておらず人口は減り続けているようです。

金山には、伊達の21要害の一つ金山城があります。見事な石垣が残っており、要害と言えども立派なお城だったことが実感されます。

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1178茨城県土浦市のマンホール [マンホール]

茨城県土浦市のマンホールです。

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手まりの格子のような模様の中心に土浦市の市章が載っています。土浦市のサイトによると「土浦の「土」の字を桜川にうつる桜の花弁と霞ヶ浦のさざなみに図案化し、市民の協和と伸びゆく市勢を象徴したものである。」だそうで、昭和17年と戦中に制定されました。

かつては地域の中心都市として賑わっていましたが、最近では学園都市として有名なつくば市に押されているようです。

こちらは駅近くにある東横インから眺めた景色です。

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そして東横イン。

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その時は、土浦城の櫓門は整備中でした。今はきれいになっていることでしょうね。この春、続日本100名城に選ばれました。

新しい画像がないので、1994年に訪れた時のものです。

かつての繁栄が偲ばれます。

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1174茨城県石岡市のマンホール [マンホール]

茨城県石岡市のマンホールです。

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獅子舞がデザインされていますが、関東三大祭りの常陸国総社宮例大祭(石岡まつり)の出し物のひとつ「幌獅子」を描いたものだそうです。雨で細部まできちんと見えなくてすいません。またリベンジしないとと思っています。

石岡市は常陸国の国府が置かれたまちで、長らく常陸府中などと呼ばれました。今の石岡小学校のところには府中城がありました。

常陸国府跡碑と府中城の土塁です。

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そして藩庁もこちらでした。位置を変えながらも現存する表門があります。

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雨が厳しかったようで、画面にも写ってますね。

雨の日は、やはりこちらの方がいいですか。

今、6月下旬となってやっと梅雨らしい日々になりました。

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1173茨城県水戸市のマンホール [マンホール]

茨城県水戸市のマンホールです。

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市の木ウメがデザインされています。いい枝振りです。上部中央には市章。水戸市の「水」を図案化したものだそうです。

少し細かいのですが、市章の中心部にあるのは「ト」が3つで、それが水戸を表しているという水戸市の説明に、思わず笑ってしまいました。デザインというのも、言い訳の世界と五十歩百歩のような気がしてしまいました。

水戸は人口27万、茨城県の中心に位置する県庁所在地で、江戸期は御三家のひとつの水戸藩があったところです。9代藩主徳川斉昭が造った庭園が有名な偕楽園です。

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偕楽園は日本三名園のひとつで、100種3,000本以上の梅が植えられている、梅で有名な庭園です。

ただっ広い庭園で、寒い中をずいぶん歩き回った記憶があります。

もう昔のことで、写真は埋もれてしまいました。

再訪で訪れたこの日はあいにくの雨。

水戸第一高校には水戸城の本丸表門と伝わる薬医門があります。現存する城郭建築物はこの門のみです。

雨をものともしない力強い佇まいでした。

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1171茨城県旧真壁町のマンホール [マンホール]

茨城県旧真壁町のマンホールです。

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町の花ヤマユリがデザインされています。3分割するような茎と6つの花には何か意味があるのかな。「まかべ」「おすい」と文字が入っています。

あいにくの雨で水に浸ってしまっているのが残念です。

真壁町は県西に位置し、人口2万人足らずの町でしたが、2005年岩瀬町、大和町と合併して桜川市になりました。

古くは真壁氏の真壁城があったところです。

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江戸期には陣屋がおかれ、その影響もあってか古い街並みが残っています。

こちらは猪瀬家の薬医門です。登録有形文化財になります。こんな素敵な物件がいっぱいの真壁の街並み、ゆっくり散策したいものです。

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1168茨城県守谷市のマンホール [マンホール]

茨城県守谷市のマンホールです。

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上には市の木マツ、下には市の花ヤマユリが描かれ、中央には市の鳥コジュケイの親子が描かれています。

コジュケイは小綬鶏と書き、30cm弱のキジ科のずんぐりとした体形で、雑木林や竹林などで見られます。家族仲良く繁栄する姿を、守谷市がベットタウンとして成長しているのになぞらえているそうです。

人口は右肩上がりに伸びていて現在6万5千人ほどです。1970年には1万2千人ほどだったことを考えると、順調に成長しているのですね。

県境の市でもある守谷は、旧下総国でもあり、旧千葉県でもありました。

戦国期は相馬氏の守谷城があり、江戸初期には城下町でもありました。

その守谷城です。土の城ながら、よいお城です。

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1164茨城県牛久市のマンホール [マンホール]

茨城県牛久市のマンホールです。

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牛久市の観光協会マスコットキャラクター、かっぱのキューちゃんです。右手に打ち出の小づち、左手にキューリを持っています。「かっぱの里」の文字が大きく入っています。

河童と言えば小川芋銭、画家の小川芋銭は牛久の人です。牛久沼のほとりには「河童碑」などがありました。

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1159茨城県旧猿島町のマンホール [マンホール]

茨城県旧猿島町のマンホールです。

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「さしま」の文字に、中央には「さ」の字を図案化した町章、町の木シロモクレンが描かれています。

猿島町は2005年に岩井市と合併し、坂東市になりました。

県境に近い所でもあり、猿島茶が有名だそうです。

しかしここは、何と言っても逆井城です。木像復元された物見櫓や井楼櫓などがあり、中世城郭の姿を教えてくれる歴史公園として整備されています。

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1158茨城県つくば市のマンホール [マンホール]

茨城県つくば市のマンホールです。

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デザインマンホールもあることでしょうが、こんなマンホール画像しか撮れていませんでした。それでも中心部は、つくば市の市章です。紛れもないつくば市のマンホールです。

市章は二つの「つ」を組み合わせ図案化したものです。無限の発展とゆるぎない調和を表しているそうです。

つくばと言えば、つくば万博ですね。当時のガイド本です。

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懐かしいですね。

子供の頃、大阪万博を見た自分にとっては、ずいぶんちっぽけな規模に感じましたが。それでも、頑張って出かけたものです。

しかし、つくば市が誕生したのが1988年なんですね。筑波学園都市と言われてましたが、そうでしたか。

市章入りのマンホールということで、この画像を撮ったのは、もっと最近です。

国の史跡にも指定されている小田城があります。その訪城の時です。

小田城は発掘・整備の途中というような状態でしたが、今はどうなっているのでしょうね。堀と土塁が見事な平城でした。

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