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1174茨城県石岡市のマンホール [マンホール]

茨城県石岡市のマンホールです。

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獅子舞がデザインされていますが、関東三大祭りの常陸国総社宮例大祭(石岡まつり)の出し物のひとつ「幌獅子」を描いたものだそうです。雨で細部まできちんと見えなくてすいません。またリベンジしないとと思っています。

石岡市は常陸国の国府が置かれたまちで、長らく常陸府中などと呼ばれました。今の石岡小学校のところには府中城がありました。

常陸国府跡碑と府中城の土塁です。

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そして藩庁もこちらでした。位置を変えながらも現存する表門があります。

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雨が厳しかったようで、画面にも写ってますね。

雨の日は、やはりこちらの方がいいですか。

今、6月下旬となってやっと梅雨らしい日々になりました。

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1173茨城県水戸市のマンホール [マンホール]

茨城県水戸市のマンホールです。

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市の木ウメがデザインされています。いい枝振りです。上部中央には市章。水戸市の「水」を図案化したものだそうです。

少し細かいのですが、市章の中心部にあるのは「ト」が3つで、それが水戸を表しているという水戸市の説明に、思わず笑ってしまいました。デザインというのも、言い訳の世界と五十歩百歩のような気がしてしまいました。

水戸は人口27万、茨城県の中心に位置する県庁所在地で、江戸期は御三家のひとつの水戸藩があったところです。9代藩主徳川斉昭が造った庭園が有名な偕楽園です。

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偕楽園は日本三名園のひとつで、100種3,000本以上の梅が植えられている、梅で有名な庭園です。

ただっ広い庭園で、寒い中をずいぶん歩き回った記憶があります。

もう昔のことで、写真は埋もれてしまいました。

再訪で訪れたこの日はあいにくの雨。

水戸第一高校には水戸城の本丸表門と伝わる薬医門があります。現存する城郭建築物はこの門のみです。

雨をものともしない力強い佇まいでした。

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1171茨城県旧真壁町のマンホール [マンホール]

茨城県旧真壁町のマンホールです。

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町の花ヤマユリがデザインされています。3分割するような茎と6つの花には何か意味があるのかな。「まかべ」「おすい」と文字が入っています。

あいにくの雨で水に浸ってしまっているのが残念です。

真壁町は県西に位置し、人口2万人足らずの町でしたが、2005年岩瀬町、大和町と合併して桜川市になりました。

古くは真壁氏の真壁城があったところです。

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江戸期には陣屋がおかれ、その影響もあってか古い街並みが残っています。

こちらは猪瀬家の薬医門です。登録有形文化財になります。こんな素敵な物件がいっぱいの真壁の街並み、ゆっくり散策したいものです。

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1168茨城県守谷市のマンホール [マンホール]

茨城県守谷市のマンホールです。

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上には市の木マツ、下には市の花ヤマユリが描かれ、中央には市の鳥コジュケイの親子が描かれています。

コジュケイは小綬鶏と書き、30cm弱のキジ科のずんぐりとした体形で、雑木林や竹林などで見られます。家族仲良く繁栄する姿を、守谷市がベットタウンとして成長しているのになぞらえているそうです。

人口は右肩上がりに伸びていて現在6万5千人ほどです。1970年には1万2千人ほどだったことを考えると、順調に成長しているのですね。

県境の市でもある守谷は、旧下総国でもあり、旧千葉県でもありました。

戦国期は相馬氏の守谷城があり、江戸初期には城下町でもありました。

その守谷城です。土の城ながら、よいお城です。

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1164茨城県牛久市のマンホール [マンホール]

茨城県牛久市のマンホールです。

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牛久市の観光協会マスコットキャラクター、かっぱのキューちゃんです。右手に打ち出の小づち、左手にキューリを持っています。「かっぱの里」の文字が大きく入っています。

河童と言えば小川芋銭、画家の小川芋銭は牛久の人です。牛久沼のほとりには「河童碑」などがありました。

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1159茨城県旧猿島町のマンホール [マンホール]

茨城県旧猿島町のマンホールです。

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「さしま」の文字に、中央には「さ」の字を図案化した町章、町の木シロモクレンが描かれています。

猿島町は2005年に岩井市と合併し、坂東市になりました。

県境に近い所でもあり、猿島茶が有名だそうです。

しかしここは、何と言っても逆井城です。木像復元された物見櫓や井楼櫓などがあり、中世城郭の姿を教えてくれる歴史公園として整備されています。

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1158茨城県つくば市のマンホール [マンホール]

茨城つくば市のマンホールです。

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デザインマンホールもあることでしょうが、こんなマンホール画像しか撮れていませんでした。それでも中心部は、つくば市の市章です。紛れもないつくば市のマンホールです。

市章は二つの「つ」を組み合わせ図案化したものです。無限の発展とゆるぎない調和を表しているそうです。

つくばと言えば、つくば万博ですね。当時のガイド本です。

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懐かしいですね。

子供の頃、大阪万博を見た自分にとっては、ずいぶんちっぽけな規模に感じましたが。それでも、頑張って出かけたものです。

しかし、つくば市が誕生したのが1988年なんですね。筑波学園都市と言われてましたが、そうでしたか。

市章入りのマンホールということで、この画像を撮ったのは、もっと最近です。

国の史跡にも指定されている小田城があります。その訪城の時です。

小田城は発掘・整備の途中というような状態でしたが、今はどうなっているのでしょうね。堀と土塁が見事な平城でした。

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1154群馬県昭和村のマンホール [マンホール]

群馬県昭和村のマンホールです。

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正午過ぎの撮影で影が入ってしまうので苦労して撮りました。ちょっとゆがみがでてしまったかな。

小さいハンドホールの蓋もありました。小ささがわかるように余白を残してみました。デザインが同じですね。文字とデザインの大きさで蓋の小ささが感じられます。

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昭和村は赤城山山麓に広がる村です。その山並みと関越自動車道が描かれています。右の下には村の花ツツジもあります。

ちょうど同じような風景に出会いました。

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道の曲がり方から見ると反対側からでしょうか。ただいずれの方向にしても、背景の山は赤城山にはならないような気がしますが・・・。

この画像は長井坂城近くで撮りました。

境目の城で、戦乱が幾たびかありました。上杉謙信、真田昌幸、この現代の関越道の橋梁を見たら、たまげることでしょう。

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1153群馬県旧月夜野町のマンホール [マンホール]

群馬県旧月夜野町のマンホールです。

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町の木マツ、町の花キク、町の鳥ウグイスが配され、中心にはホタルが描かれています。月夜野はホタルで有名なのでしょうか。自然豊かな町が連想されます。「つきよの」の文字と三日月があるのは、月夜野のイメージとしてはお約束なのかな。

「水と緑とロマンの里」と銘打った月夜野町のサイトには、「 平安の昔、京の歌人源順が東国巡行の折、この地を通り、三峰山より昇る月を見て「おお、よき月よのかな」と深く感銘し、歌を詠んだという言い伝えがあります。それが「月夜野」の町名の由来といわれています。」と町名の由来を説明していました。

しかし、2005年には水上町、新治村と合併してみなかみ町になりました。

でも、月夜野の地名は大字になっているようで、地名としてはまだまだ生き延びているようです。古くからのこういった地名は、残していきたいですよね。

マンホールを撮った近くには、上越新幹線の上毛高原駅がありました。

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1152京都府旧網野町のマンホール [マンホール]

京都府旧網野町のマンホールです。

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子午線最北端の塔と町の花チューリップが配されたデザインマンホールです。「あみの」と文字が入っています。

子午線最北端の塔、というものがあるのですね。知りませんでした。寄ればよかったなぁ。

(明石市丹東町のマンホールにも135°と入ってます。)

国道178号線で通り抜けました。離湖という京都府北部最大の淡水湖の横です。

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網野町のことを調べていたら、こちらは野村克也さんの出身地なのですね。超大物にびっくりしました。もっとも、子供の頃はこんなに大物になるなんて思われてなかったのだろうな。

こちらは丹後ふるさと病院です。市民病院的な役割をするのでしょうか。

ここにちょっと停めさせていただき、マルホールや景色など撮らさせていただきました。

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