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1146兵庫県篠山市八上地区のマンホール [マンホール]

兵庫県篠山市八上地区のマンホールです。

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篠山市市の花ササユリと八上城・高城山。丹波の黒豆、イノシシ、マツ。中央には市章とてんこ盛りのデザインマンホールです。

八上地区は、合併してできた篠山市になる前の旧町かと思ったのですが、そうではなく旧篠山町の一部でした。それなのに地区のデザインマンホールがあるのですね。ちょっとそのことに驚きました。

丹波三大山城と謳われる八上城、それを評価してのデザインマンホールですかね。それにしても、三層の天守閣が描かれているけど、本当にそれでいいのかとその積極さに焦りを隠せない私です。

八上城の本丸です。

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大きな波多野秀治公の顕彰碑が建っています。

城は中世山城で、城域の広い城です。いたる所に遺構が読み取れ、散策し甲斐があります。是非、縄張図などを片手に訪問してみてください。

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1145長篠設楽原PA長篠陣屋食堂の信長赤味噌ラーメンセット [グルメ]

前々から気になっていた長篠設楽原PA下りの長篠陣屋食堂へ入ってみた。

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土曜日の8時という時間だったが、空いていた。

設楽原が近いとあって、(ここから信長陣まで歩いて行ける)、メニューには武将の名が冠してあった。

信長に対して、勝頼ではなく武田なのが微苦笑。勝頼では売れないと思われたのか。他にも家康鯛天丼とかあった。

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券売機で買って、カウンターに出す。ベルで呼び出してくれる。

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信長赤味噌ラーメンセット1,000円。

天下布武の旗がさしてある。のりには織田氏の木瓜紋。気分が盛り上がる。

麺はちぢれの太麺、味噌の存在を示すのか塊が入っている。これをといで食べるらしい。から揚げはごついサイズのものがひとつついていた。

ボリュームは満足、ラーメン汁がやや塩辛く感じたが、まずまずのお味だった。

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1144梶谷城(長崎県) [城印象記]

長崎県松浦市今福町東免字城山の梶谷(かじや)城を紹介します。

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国道204号線を曲がって城に近づきますが、幅の広い道が通っているので安心して訪ねやすい山城のひとつでしょう。要所に案内もあります。

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道の先に大きな駐車場もあります。トイレ・休憩所・案内板などもあり、梶谷城の評価の高さを感じます。

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ここから歩いて登ります。5分ほどで副郭に到着します。

目を瞠るような石垣が出迎えてくれます。

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その前に碑や案内板がありました。

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  松浦党梶谷城跡(まつらとうかじやじょうあと)

 梶谷城は、松浦党の初祖源久公が築城したと伝えられており、築城年代は延久元年(1069)、嘉保2年(1095)、久安元年(1145)などの諸説がある。
 いずれにしても、松浦党の初期の居城として平安時代末期に築城され、相当長年月にわたって断続的に利用された松浦党の重要な山城である。
 城は山頂部を楕円形に削平して主郭とし、南側に一段高くなった天守台跡がある。主郭の北側には、西側の大手門からのびた長さ18m、高さ5mの城壁がめぐらされている。大手門は石垣を枡型に配し、門の南側に櫓跡がみられる。主郭の北側には、一段低くなった副郭が配置されている。城の西側50m下位には山際にそって長さ200m、幅40mにわたって館跡があり、石壁・石塁・門などが残っている。
 梶谷城は、松浦党発展の跡を探るうえにきわめて重要な城跡であります。

                  昭和46年 長崎県指定史跡
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遊歩道に沿って進みます。

こちらは主郭前の曲輪です。

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縁は登り石垣のような石塁が見られました。

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そして、その向こうの斜面には竪堀があります。主郭との境に近いところでしたから、横移動をして主郭下に行かせないためのものでしょう。

草でわかりにくいですね。眼で確認した時は、1mほど掘れた、巾のある窪みを感じましたが、いかがでしょう。

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こういう遺構を見つけると、城そのものの理解も深まるようで楽しいです。

周囲は草生して、薮っています。縄張図があるから見つかるわけで、縄張図を描く人は、すごいものですね。

主郭に到着しました。

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朝のよく晴れた時に訪問できました。遺構もさることながら、ここは眺望も素晴らしい城です。

東隅櫓台からの景色です。

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主郭の奥にはもう一段高くなった天守台がありました。

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ここから眺望です。いいですねえ。

私は松浦一族の歴史は、まだほとんどわかっていませんが、そんなことを考えながら、しばらくぼんやりしていたい景色です。

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整備されてはいるのですが、その後は放置されて草が伸びて少し薮化している状態でした。石垣などの遺構もよく残り、見応えのある城です。こちらは、大手門周囲の桝型です。もう夏も近くなります。どんどん草に埋もれてしまいそうです。そういうものと思いながらも、残念ですね。

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1143針尾城(長崎県) [城印象記]

長崎佐世保市針尾中町の針尾城を紹介します。

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小鯛公民館前から眺めた針尾城です。入江近くの丘に中世山城があります。

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海に比重を置きながら割拠した小領主のこの地方の典型的な城だそうです。

周囲の道は狭く注意が必要ですが、城の背後から近寄れます。分岐するあたりの余白地に停めて攻城開始です。

お墓の横を抜け、まっすぐ進みます。

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藪の先は城です。横堀が迎えてくれました。薮の中ですが、しっかり空堀であることがわかります。

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そしてその土塁の向うも空堀です。二重空堀です。

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空堀は良好に残っているのですが、薮っていて見通しはよくなく写真映えもしないのは残念です。

その先には丸くなった削平地が認められます。

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こちらは主郭でしょう。どうやら単郭のようです。

前面は土塁もなく切り立っているようでした。かなりの落差があるようです。

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また周囲を観察すると石なども見られます。基本は土の城ながら、土留めとして補強に使われたのでしょう。

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城としてはコンパクトです。その分全体を把握しやすく、また薮っているものの遺構は見応えのあるものがあります。

主郭を囲む土塁のラインなどきれいで、うっとりしますね。

いいお城でした。

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1142伊万里城(佐賀県) [城印象記]

佐賀伊万里市松島町の伊万里城を紹介します。

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伊万里川横の城山公園が伊万里城です。かつての面影はないというものの、市街地近くに盛り上がった丘は、城そのものと感じられます。

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伊万里氏の守護寺という円通寺があります。車止めがありますが、こちらから遊歩道であがれます。石垣がいい雰囲気でしたが、まあ城の遺構というわけではないでしょう。

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坂の途中に案内板がありました。

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  伊万里城跡

 伊万里城は、中世(鎌倉・室町・戦国・安土桃山時代)に、伊万里浦を納めた松浦党の伊万里氏の居城とされています。松浦党は中世に西北九州を根拠地にして活躍した水軍です。およそ800年前の鎌倉時代の初期に、松浦党の一族で伊万里氏の祖、峯上が築城したと伝えられています。
 現在は、高さ約42m、南北約270m、東西約130mの丘ですが、当時は伊万里湾に突き出した岬状の地形で、湾内を展望し、伊万里川や白野川、脇田川の河口部を支配する絶好の場所だったと思われます。
 正中2年(1325)ごろの伊万里は、伊万里浦、福島、波多津浦、田平町蒲田浦と青崎、佐世保市矢岳、神埼庄の一部(元寇恩賞地)を領地とし、五島の海夫集団を掌握しており、松浦党の有力家でした。
 しかし天正4年(1576)、伊万里兵部大輔治のとき、佐賀の戦国大名、竜造寺隆信に攻められて、伊万里は落城しました。北東側の陣内の丘に「鶴亀城由縁之霊」と刻まれた石碑があり、戦死者の供養碑と考えられています。
 明治時代以後、伊万里城跡は「城山」と呼ばれて公園ににりましたが、第二次世界大戦中は敵の飛行機をみはる対空監視哨が置かれたこともあります。現在は、伊万里富士(腰岳)や市街地を見晴す景勝の地桜の名所として市民にしたしまれています。
                          伊万里市

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木々が生い茂り展望は効きません。木々の合間から伊万里川です。

あのあたりは伊万里津として、港としてにぎわったのでしょう。その要地を押さえる城でした。

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公園として利用されていることもあって、上は削平地が広がっていました。

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遺構は見られませんが、お城らしい地形ですかね。

片隅に供養塔らしきものがありました。

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面白いなと思ったのは、ここに以前は展望台があったようです。ポケモンGOのポケストラップで知りました。ポケモンGOで知ることも面白かったし、展望台など取り止めて、何もない状態にしてあるのも、今の時代らしい整備なのかな、と思いました。

もう暑くなってきましたね。何もない城をぶらぶら歩くのもモノ好きですか。

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1141旅は忙しい(スマホ大活躍)

のんびりしたい、旅ではそう思うものの、実際、旅の私は忙しい。

旅では、「GPSログまとめて全部表示 - マッピング!」というアプリを稼働させている。GPSログを取るアプリで、これが面白い。走ってはログを見て、また走るという調子で、ログを取るために走るわけではないものの、結果、スマホばかり見ることになる。

ゲームで「発見!ニッポン城めぐり」をやっている。城ポイントに来たら、攻略ボタンを押さなければいけない。これがけっこう忘れそうになる。

あと、ゲームで「ポケモンGO」。ポケストップなど面白い発見がある。と言っても、山城だと、ジムもポケストップも何もない。また思わぬ時間浪費にもなるので、控えめにと思っている。

陽が暮れた後とか、今までならのんびりしていたような時間に、ポケモンGOに打ち込んだりする。地元にはない面白さもあるので、それが楽しいからなのだが、ゆっくりする時間はなくなった。

通常の見学とは別で突如現れるもの、それはマンホール蓋だ。あるようでないような、ないようであったりする、マンホール。いいデザインマンホールが撮れたりすると嬉しい。意外と、旅の充実度も、こんなところで差がでたりする。

市町村カウンター」を付けているから、ふと踏破率が気になったりして、チェックしたりする。また歩数計を付けているので、「Fitbit」アプリで確認したりする。まあ、これらは自動的に記録してくれるので何もしなくてもいい。けれど、やっぱり気になって見たりするのだ。

城など、見たいものはきちんと見れたか、このチェックも必要だ。縄張図を見て遺構の見落としがないかはもとより、碑とか像とか、しっかり見たい。でも、けっこう見落としてしまう。帰宅すると、不思議と気付くのである。

そんなことのないよう、現地でよく資料を読む。欲張りな私は、少しでも多くのものを見たいと思ってしまう。で、やたら動き回る。

ベストポイントで泰然と構えている人を見ると、憧れてしまうが、あんなふうには私にはできない。

あと、私はTwitterをやっている。ちょっとした感動のメモになるので、けっこう楽しい。

デジカメで撮って、UPにはまたスマホで撮る。UPをしようと思うと忙しい。

一人でも孤独を感じている暇はない。城めぐりの仲間がいるので、いつも近くに誰かいるような感覚で城めぐりしている。で、一人で笑ったりしている。

山には誰もいない。充実した時間があるだけだ。

本当は随時タイムラインを読むといいのだが、そんな余裕は持てなてので、読むのは後回し。ただUPするだけになってしまうのだが。

気が付けば、陽が暮れる。夜が更ける。寝る間も惜しいような旅。

なんでこう忙しいのだろう。でも幸せだ。

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1140伊王島灯台 [灯台]

伊王島灯台にも行ってきた。歴史ある灯台で、景勝地にあり、ここもお勧めしたい灯台のひとつだ。

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こちらも島の先端にある。もっとも、立派な橋がかかっていて、ここでも島をあまり意識することなく訪れることができる。

島の先端ともなると、いつしか交通量は減る。もうそろそろ到着かと思う地点でこんな看板が出ていた。

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この分岐からはあとは一本道なのだが、実はまだ進める。灯台周囲は公園になっているのだが、その入口に駐車場はある。紛らわしい案内だ。

入口からは下って灯台に向かうことになる。

正面に小さく灯台が見える。知っている人にとっては感動的なシーンだと思う。高倉健さんの最後の映画になった「あなたへ」、ここがロケ地なのである。

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ようやく到着だ。

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市指定名勝 伊王島灯台公園

  指定年月日  平成17年8月22日
  所 在 地  長崎県伊王島町1丁目
  所 有 者  長崎市

 伊王島灯台公園の一帯は、伊王島灯台をはじめ、旧吏員退息所など灯台関連や江戸時代の台場跡等の遺構が多くある。そこからの眺めは、明治時代に灯台が設置された頃を彷彿とさせ、かつ周辺の景観も含めて秀逸である。
 この伊王島灯台は慶応2年(1866)に米・英・仏・蘭の四カ国と改税約書(江戸条約)を結んだ時に全国8ヶ所に設置された灯台の一つである。明治3年(1870)に、明治政府のお雇い外国人R・H ブラントン設計により、鉄造六角形の第一等不動灯として建設され、鉄造洋式灯台では日本で初めての構造物であった。
 昭和20年(1945)原子爆弾の爆風により塔部がゆがみ、現在の鉄筋コンクリート四角形に改築されたが、上部は明治4年(1871)当時のものである。昭和46年(1971)無人灯台となり、自動装置に切り替えられている。

  長崎市教育委員会(平成29年設置)

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灯台はあまり高くない。高さ11.5m、ずんぐりとしている。四角くて頑丈な様子だ。

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改築により場所を隣に移動させたのだが、もとの位置には基礎石組が残っている。きれいにはめ込まれた石組。しかしこれは明治4年に灯台が建てられる前からあったそうで、江戸時代末には鉄造りの灯台があったそうだ。だから、この石組はその当時のものである。

明治の文明開化で突然始まったのじゃない、既にその前から前段階の技術はあったのだと思うと、感動する。

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この灯台の前には真鼻台場があったという。

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遺構らしいものもなく、情報不足でよくわからないが、この平場が何か関係するのだろう。

この地が、船舶の航行を抑える拠点として重要だった。

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先に展望台があった。

海まではまだかなりある。高台なのだ。

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ずんぐりとした灯台ではあるが、海から見れば充分高い。

(海面から灯りの高さは64.4m。)

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西の日没は遅いが、もう直に陽が沈む。

晴れていたと思ったが、意外と薄い雲が出ていて、夕陽はにじむようだった。

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1139樺島灯台 [灯台]

長崎市の南、かつては野母埼灯台と呼ばれていた樺島灯台を訪れました。

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南に伸びる野母崎半島の先は野母崎ですが、この灯台はそこではなく樺島の南端にあります。正確には野母崎にはないので、樺島灯台となったのでしょう。しかし、野母崎の南端を目指して走って、結果、橋を渡って行き着く最果てにあるのが樺島灯台です。端っこまで踏破したい、そんな方へは魅力的なポイントだと思います。

樺島大橋を渡って、港のある集落を過ぎると、道は急に狭まります。離合不可の細い道になるので、大丈夫かと不安になります。が、目指す突端が見えると、ちょっとは元気がでるでしょうか。ちょこっと灯台の先端が見えます。

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そんな道が続くので、運転は慎重に気をつけましょう。灯台への道はほぼ一本道で案内もあります。が、途中はともかくたどり着くとけっこう広い駐車場で車も何台も停まっていました。それなりに、観光地なんですね。

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灯台付近は、園地になっており、整備されています。好天にもめぐまれ、気持ちのいい景色でした。

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灯台の先には展望台もあります。

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そしてその先にも展望台があります。階段215段、徒歩5分ですので足をのばしてみるのもいいですね。

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海は青く、きれいで暫しのんびり眺めてきました。

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灯台の横には資料館もあります。長崎の灯台の写真が飾られていました。

日本の灯台50選をひとつの目安にまわっているのですが、樺島灯台は選ばれてないのですね。少し残念です。もっとも、長崎県からは五島の大瀬埼灯台と女島灯台が選ばれています。これらの灯台に比べられたら仕方ないか、というところでもありますが。

大瀬埼灯台は五島の福江島にあります。女島灯台に至っては、そこから更に南西80km沖にある男女群島の女島にあります。ここまで行ってみたいものですが、難易度が高すぎです。

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青空と海と白亜の灯台楽しみました。

帰り道、車と出会わない様に、そう思いながら後にしました。

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1138大バエ灯台 [灯台]

長崎県と言えば、入り組んだ海岸線と海。灯台にも期待して回ってきました。

生月島の北端にある大バエ灯台です。

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平戸島から、またその先の生月島ということもあって、端っこまで来たなぁと感じました。集落を外れると、いよいよです。

丘の下に大きな駐車場がありますが、更に進めます。丘を登った灯台近くの駐車場に車を入れます。ここから歩いて直です。

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夕暮れ時です。

灯台は白亜の無人灯台で大きなものではありません。が、展望台とセットになっており、眺望を楽しむにはうってつけの場所です。

左手には夕陽を受けた断崖が見えます。その荒々しさが、突端まで来たことを思わせてくれます。

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夕陽がとてもきれいでした。

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あたりはちょっとした園地になっていて、のんびりと時間を過ごすにはいいところです。

詩碑がありました。

  渡り鳥 殉教の島 綴りゆく  春郎

とあります。説明もなく春郎が誰かもわからず困惑しましたが、心に残る句です。あとで調べてみると、水原秋桜子の子供さんだそうです。

詩人として、こんな詩碑がひとつ残せたら充分ですよね。

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夕陽がいい感じで沈んでいきます。

ただ、ここで日没して暗くなると後行程が大変になると思い、そこそこで離脱しました。

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1137日本100名城スタンプ平戸城 [100名城スタンプ]

長崎県には100名城に選ばれた城が2つあります。昨日紹介した島原城と平戸城です。大村城で地元の方とお話をした時、こんな城を見るより、島原か平戸に行かないと言われました。やはり、長崎ではこの2城の知名度は高いのでしょう。

前回訪れた時は、夕暮れ時でバタバタの駆足でした。今回は、じっくりと見学することができてよかったです。

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1962(昭和37)年に復元された天守ですが、青空のせいかとてもきれいに見えました。100名城スタンプはここ1階の受付に置かれています。

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デザインされているのは、搦手門の北虎口門です。狸櫓と地蔵坂櫓の間にある門で、レストハウス前の駐車場から上がってくると最初の玄関口になるところです。

この門と狸櫓は現存建物で、天守閣でなくここを取り上げたスタンプはいいですね。

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平戸は観光地で、市街地も人が多く、見所の多いところです。それなりに時間をとって、ゆっくり回られるといいです。

平戸城は、そんな散策時にも見あげると遠景に収まっていて、平戸のシンボルになっていると思いました。

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