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1357二位谷土塁B福井城山土塁福井土塁M(兵庫県) [城印象記]

三木合戦付城めぐりは続きます。

三木合戦は、長期にわたる兵糧攻めで有名ですが、その戦いもおよそ3期に区分され、川を挟んで北側に対陣した1期、南側に毛利からの兵糧道を遮断し囲みを強化した2期、更に陣を進め三木城近くに対陣した3期、それぞれの付城が残っています。

2期には付城の間に遮蔽土塁が多重に細かく築かれました。
(と言うか、遮蔽土塁を管理するように付城が築かれたのかもしれません。)

そんな遮蔽土塁も丹念に見てまわります。

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本来、道路を横切るようにして土塁があったそうですが、道路西側にその名残のような遺構が見られます。二位谷土塁Bと呼ばれるものです。

1357-01.jpg

その南西方面に進むと福井城山土塁です。

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道路と駐車場の境に区切りがあります。もともと遮蔽土塁は低いものですから、これが遮蔽土塁の名残でも全然不思議ではありません。仲間たちと、遮蔽土塁発見!と言いあっていました。マニアックさ極まるって感じでしょうか。

(どのくらい正しいかは眉唾モノかもしれませんが・・・。)

1357-02.jpg

更に南、工場の南側には福井土塁Mです。

地図を広げると、このブログで紹介したものだけでも南側の防御ラインが浮かび上がってくるようです。

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こちらの遺構は良好に残っています。

資料によって遺構を推定し、遺構によって資料の確かさを確認する、そんな付城めぐりでしょうか。先人の資料は有難いものです。

1357-03.jpg
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