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0969越前大野城二之丸正門-光明寺山門 [移築城門]

越前大野城で鳩門と呼ばれている二之丸正門が、市内犬山の光明寺山門として残っています。

光明寺の場所はこちらです。県道沿いで、門に向かって左側にお寺の駐車場があります。



文政11年(1828)に再建された二層櫓門でした。が、今は二層部分は焼けて、再建されたものです。花頭窓などがあしらわれ上層部は山門らしいものになっていますが、もとは大手口に構えられた立派な城門でした。

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雨が写りこんでいるのが少し残念です。

しかし、このしっかりした一階部分の柱など、城門の威厳を感じます。

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門扉なども、いい風合を出しています。

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裏から見た鳩門です。

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もう承知されていることでしょうが、光明寺さんは火災に遭われたようで、本堂は残念な様子でした。それでも、移築門が残り、力強くお寺が営まれていることはありがたいと思いました。

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0968越前大野城不明門-真乗寺山門 [移築城門]

近世城郭でありました越前大野城。天守は史実とは少し違う復興天守ですが、一部現存建物がありまして、移築されています。そのひとつ、不明(あかず)門が、市内中丁の真乗寺にあります。

場所はこちらです。



山里の集落にある静かなお寺です。そこに、ぽつんとした感じで移築門はありました。小ぶりな門です。

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市指定文化財の標柱がありました。

門には大きな提灯が掛けられています。「奥赤藩門」「赤門」と前後に書かれています。知識がないのですが、赤門=あかもん=あかないもん=あかずのもん=不明門、ということでしょうか。そして、城内の奥にある、ということでしょうか。

ともあれ、この提灯は後世の飾りで付けたもの、でしょう。

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修繕もされたのでしょう。保存状態がいいですね。

小ぶりで、その割に切妻瓦葺の屋根が大きく感じられます。

裏から見た不明門です。

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横からの不明門です。懸魚に大野藩主土井家の家紋「丸之内水車紋」がみられます。

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門前に車は停めれますが、集落の路地は狭いので気をつけてください。近くの広い道路から歩いても直ぐです。

山霧が漂う静かな朝でした。

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0967白鳥庭園の紅葉ライトアップ

名古屋の白鳥庭園まで行ってきました。紅葉ライトアップがあり、穴場スポットです。野山で見る紅葉とは違った、手入れの行き届いた庭とライトアップがとても綺麗でした。

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12月11日(日)まで夜9時までのライトアップをやっています。入園料300円。

仕事帰りに、ちょっと寄るなど、お勧めです。

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0966元文(創業元文五年郡上之地酒) [酒を飲む]

酒を飲みながらゆっくりくつろぎたい。酒を愛でて、その味わいを記してみたい。そう思いながらこのカテゴリーを開設したというのに、ちっとも捗らない。

まぁ、家でなかなかできないなら、旅先でそうしてみようか。

今回、越前大野勝山の旅では、素泊まりの宿をとった。いつもならコンビニで買った缶ビールというところだが、今回はこちら。

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冬は、日没も早く朝も遅い。宿でもゆっくりしやすい。

明日は雨というから気持ちもだらけ、早々に明朝のブログを書き終えてくつろいだ。

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越前大野なのだから、大野の地酒といきたいところだが、買うタイミングの問題もあって、郡上は白鳥の地酒である。

創業が元文五年(1740年)というところから命名された「元文」。長良川最上流の布屋原酒造場の蔵出し品だ。

道の駅のお店で目にとまり買ってきた。

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ふつうに、美味しい、と言ったら失礼であろうか。

スッキリした飲み口で、程よいかおりがあって、バランスがとれた味だと思う。

宿での一人は退屈かと心配されたりするが、私には静かで充足した時間だった。

旅館だったからか、ちょっとしゃれた陶器で飲めた。

つまみには、缶つまプレミアムほたて。貰い物で、こんな時にと思っていたが、やっと封を開けた。少しをゆっくりやる、それがいい。

ゆっくりではあるが、気持ち良く空けることが出来た。

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0965福井県勝山市のマンホール [マンホール]

福井県勝山市のマンホールです。

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雨に降られて、この画像もきれいではありません。すみません。

今回の旅はマンホール的には不作でした。そんな時ってのはよくあります。ですから、いつも撮れると思うなマンホールと励まして、雨であろうが、チャンスがあれば撮ってきます。できれば、コレクション的には、いつか差し替えが出来ればいいのですが・・・。

恐竜が描かれています。福井勝山といえば恐竜のメッカですね。足跡も書かれています。「恐竜王国」とあります。市章が恐竜の何かかと思えてしまいますが、「カ・つ・山」を組み合わせたデザインのようです。

この恐竜は、ここで初めて全身骨格が復元されたという肉食恐竜フクイラプトルかなと思われるのですが、どうでしょう。

市役所には日本ジオパーク認定「恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク」と掲げられていました。

あちこちに恐竜の絵やモニュメントがありました。

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0964埼玉県本庄市のマンホール [マンホール]

埼玉県本庄市のマンホールです。

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こちらも余りきれいな画像でなくて申し訳ないです。もっとも、雨のせいもあるけど、マンホール自体がかなり擦れています。

ムサシトミヨという埼玉県指定天然記念物が描かれています。元小山川の周辺では清水が湧き出ていて、かつてはムサシトミヨというきれいな川に棲むトゲウオの仲間が生息していました。きれいな川を守りたいという思いで、マンホールデザインに取り上げられたようですが、残念ながら今では本庄市には生息していません。ムサシトミヨは、わずかに熊谷市にいるだけのようです。

関東の市町は、首都圏の賑わいに都市化され、自然は壊されてばかりだったのでしょうか。残念なことですね。

本庄市は雉岡城を訪ねました。本来は中世城郭で、北条の土の縄張りが楽しめただろうと思われますが、今は城址公園にはなっているものの、そのほとんどの遺構が失われていると聞いていました。

こちらも、都市化の中で仕方のないことかと思います。

しかし、訪れてみると思いのほか遺構も残っていて、深い堀などには驚きました。それだけ、失ったものが大きかったのかな。

ムサシトミヨや城跡やこのマンホールが消えてしまわないよう祈るばかりです。

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0963群馬県安中市のマンホール [マンホール]

群馬県安中市のマンホールです。

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雨の日はマンホールは厳しいですね。

周囲を市の木スギが囲み、市の花ウメが中央に並びます。その間にあるのは、市の木マツをデザインしたものでしょうか。揃い踏みです。

「あんなか」の文字も見えます。

安中は今は人口6万の市ですが、江戸時代は宿場町であり、藩の城下町でした。

田舎町ではありますが、一地方の中心地です。旧碓氷郡役所がありました。

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0962越前大野勝山の城めぐり2日目 [たびの空から]

雨の朝です。この日は降ったり止んだり、結局予報通りでした。

雲海に浮かぶ越前大野城が脚光を浴びていますが、山霧がでやすい地形なのでしょう。

山の中腹には雲が見えます。

昨日登城した戌山城です。



小雨降る中、移築門をめぐります。

代表して真乗寺にある大野城不明門。



また市内には朝倉義景の墓があります。



越前大野と言ったら名水の里。これを忘れてはいけません。御清水。



そんなこんなで道草をくってから越前大野城に登りました。

いいですね、石垣がいい。反ったり、円くなったり、地形に合わせて作られているのがわかります。



昼は七間本陣でそばをいただきました。



あとはお土産を買って越前大野を後にしました。雨とは言いながら、しっかり楽しみました。

勝山です。

勝山城。



あ、これは模擬天守です。日本一の大きさだそうですけど。

本物の勝山城は何も残っていません。

在るのは碑。



雨はいよいよ激しくなりました。迷いましたが、村岡山城へ行きました。

なんとか傘を差して登れます。



ここは、素晴らしいですね。遺構がよく残っています。頑張って、傘差して回りましたよ。

空堀、曲輪、堀切、畝状竪堀、良かったです。

雨のおかげで山城は数ヶ所断念しましたが、ここをしっかりめぐれたので充分満足です。

北陸ということで、最後は8番ラーメンをいただいて帰途に着きました。


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0961越前大野勝山の城めぐり1日目 [たびの空から]


今週も城めぐりです。行ける時にはガンガン攻めます。

まずはおまけの大西城。模擬天守ながら、なかなかの雰囲気。



それから二日町城。ここは登城口まで車で行けます。



すぐ主郭へ行けます。こじんまりとした城ですが、畝状竪堀があり、遺構は素晴らしいです。



主目的地の福井へと急ぎます。が。

途中の九頭竜ダムに寄りました。



と言うことでダムカードも。



大野市は、まずは小山城。

標柱くらいか、と思ってましたが、ここがなかなか大当たりでよかったです。いくつもの曲輪と堀切。こんな二重堀切もありました。



時間が押してしまいました。

戌山城は、駈け足でした。ここは、素晴らしいですね。予想通りの素晴らしさなので、それなりに、と言ったところではありますが。



南郭から越前大野城が見えます。



日が沈みます。

夜は駅前の麺屋ぜんで塩ラーメン。

煮干しだしにゆずの香りがして美味しかった。



今日は宿を取りました。

お休みなさい。


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0960岩櫃城(群馬県) [城印象記]

群馬県吾妻郡東吾妻町原町平沢の岩櫃城を紹介します。

岩櫃山北東に伸びる尾根にあります。



岩櫃山は標高800mほどの山ですが、むき出しの岩場が前面に迫り、独特な迫力があります。

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しかし、ここの山頂に城があったわけではありません。中腹です。

大河「真田丸」の影響もあって、観光客が詰め掛けていました。駐車場もあり、主郭に行くまでの道は整備され、行きやすくなっていました。案内所もあります。

登城口です。

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 岩櫃城  東吾妻町指定史跡

 岩櫃城は岩櫃山(標高802m)の中腹東面に築かれた典型的な中世の山城であり、山頂より約200m低い場所に本丸・二の丸・中城があり、これらを中心に広い範囲で竪堀や曲輪が点在します。

 岩櫃城はその築城時期や築城者については定かではありませんが、文献によれば南北朝の時代に初めて岩櫃城主吾妻太郎行盛の名が登場します。行盛は、南北方の豪族里見氏に攻められ自殺したと伝えられます。その後行盛の子、憲行が関東管領上杉氏の支援によって岩櫃城を奪回し、その後、斉藤越前守憲広(基国)まで六代にわたる東吾妻支配の本拠となりました。

 戦国時代の上州は甲斐武田氏、越後上杉氏、小田原北条氏による支配権争いが繰り広げられ、永禄六年(1563)斉藤越前守憲広(基国)の本城であった岩櫃城は武田信玄の家臣である真田幸綱(幸隆)の手によって落城し、武田氏の西上野支配が確立しました。幸綱の推挙により、武田信玄から岩櫃城代に海野長門守幸光が命ぜられ、真田の先兵となり十七年の長きにわたり吾妻の地を守りました。天正九年の海野兄弟誅殺の後、岩櫃城は真田昌幸の嫡男信幸を城代とし、弟である信繁(幸村)がここで一時代を過ごしたとも言われています。

 武田氏の滅亡後この地は真田氏の支配となり、岩櫃城は信州上田城から上州上田城を結ぶ真田道の中間地点として重要な位置を占めることとなりました。

 徳川幕府開設後も吾妻地域は真田氏の支配となりましたが、徳川家康による「一国一城令」に伴い、慶長十二年(1615)頃、真田信幸は城下町を現在の原町に移し岩櫃城を破却し、岩殿城、久能山城と並んび武田の三堅城といわれた岩櫃城も戦国時代の終焉と共にその役割を終えました。

 東吾妻町

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数分歩くと中城に着きます。削平された段が見られます。こういう遺構などは中世城の古いものを感じます。

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道案内に従って登って行きます。本丸250mの案内がありますが、この縦の道は竪堀に築かれています。本丸へ一直線に上がっていきます。

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そして本丸直下に来て、遺構はごちゃごちゃとなっています。折れが入ったりして防衛を考慮したものになっています。

今は、登城道確保のため、遺構の保全も怪しそうです。

左に振って上がりました。虎口跡です。

整備されていません。道をクランクさせて、ここを大手に使っていたのかもしれません。

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ごちゃごちゃとなっていると書いた部分を上から見下ろしました。遠くを見ると高さも充分あることがわかります。

しかし、このごちゃごちゃとした折れ曲がりは、いいものですね。

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本丸はけっこう広いです。そして、本丸の中でも段差があり、機能を考慮して削平地を作っていたのでしょう。

北の縁には、低いながらも土塁が連なっているのがわかります。

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本丸にある岩櫃城の城址碑です。

何もない岩櫃城といって案内されている声が聞かれました。せめてもという思いで立派な碑を建てました、と言っていましたが新しい立派な碑です。

真田ファンとか、岩櫃城にはいろいろと思い入れがある人も多いかと思います。立派な城址碑は嬉しい限りじゃないですか。

ついに来たぞ、そんな心の記念になります。

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一般の観光客が足を運ぶには少し大変かなとも思われる山城です。でも、本物に少しでも触れたい、そんな思いに応えてくれる岩櫃城です。

遺構はよく残っており、観光コースを外れると、未整備のままの遺構を読み取ることができます。

こちらは違う角度の竪堀を降り、振り返ったところです。

素敵な中世山城です。

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